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戦国の「三国一の美女」ここに眠る
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緑陰にひっそりと…。
見上げるような大きさ。
傍に顕彰碑が建っている。
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「お福の方」とは、岡山城を築いた宇喜多秀家の生母。 最初の夫は中国勝山の高田城主である三浦貞勝でしたが、 戦で高田城は落ち、夫は自刃してしまいます。 そのお福を正室に迎えて寵愛したのが宇喜多直家。 二人の間に生まれた嫡男が秀家でした。
お福の方は「三国一」と讃えられるほどの美女でした。 直家の没後、備中高松城攻めのため備前入りしていた 羽柴秀吉に見そめられ、彼女はやがて大坂城に招かれます。 秀吉はお福の子・秀家を養子としてかわいがりました。 前田利家の娘・豪姫と結婚させ、岡山城を造らせ、 やがて五大老のひとりにまで抜擢したのでした。 城下町岡山が誕生・発展した陰の功労者は、お福の方!?
お福の方の供養塔は、岡山市内の三勲小学校の 東側に位置する小高い丘の上に立っています。 ライオンズマンションと塔之山不動尊の間の広場。 大樹が枝を広げる下、高さ3mほどの五輪塔です。
脇の顕彰碑は昭和58年(1983年)「法鮮尼顕彰会」が 建てたもの。お福の方は文禄3年(1594年)に没し、 蓮昌寺の過去帳に法名「阿鮮大姉」とあるそうで、 地元では俗に「お鮮さま」と呼び習わしてきたとか。
また、この丘に登る坂道の途中に、平成9年に 「国際ソロプチミスト岡山」の建てた案内板があり、 そこには岡山の街で昔から歌われてきた手毬歌の一節 「お鮮さまのお墓を見れば、さても結構なお墓でござる」 が紹介されています。そして、お福の方(お鮮さま)を 「岡山のクレオパトラ」とも形容しています。
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場所
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お福の方(お鮮さま)の供養塔
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所在地
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岡山市徳吉町1−2
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岡山市
青山 融
岡山弁の研究家。古代史(主に古墳)探訪、文学(ミステリ)散歩などのスポットを紹介。岡山の大人のための地域生活情報誌「Osera」編集顧問。
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