スポット・体験
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海岸から続く林の中の参道を登ってゆく神社
牛窓海水浴場すぐ横の石段が神社の表参道です。うっそうとした木立の間に刻まれた長い石段を登った林の中に、牛窓の地の土地の神霊と代々世々の祖先の神霊を祀った東備の鎮守・牛窓神社が鎮座しています。
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11139.html
国指定文化財
本堂と番神堂と中門は国の重要文化財に、三重塔と祖師堂は県の重要文化財に指定されています。また、小堀遠州作の見事な庭園や多くの文化遺産が残され、朝鮮通信使が宿泊した名刹にふさわしい格調が漂います。2017年10月には「朝鮮通信使に関する記憶」がユネスコの世…
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11181.html
弘法寺常行堂は、天明元年(1781年)に再建されたもので、瀬戸内市指定重要文化財となっています。本尊の尊顔を礼拝できるよう、上層部の正面中央部に窓が設けられています。
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11140.html
標高60メートルほどの里山に位置し、一山一寺多院制の貴重なお寺
上寺山 餘慶寺は、愛山護法の思いを持って、善い行いを積み重ねてきた歴史あるお寺。愛山とは、お山を大切にしますという意味が込められており、ここでいう山はお寺の山号さんごうのことで、餘慶寺では「上寺山」となる。護法とは、私たちの人生の大切な道しるべであ…
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11187.html
かつて寺域二町十坊一院と豪壮をうたわれた古寺
1403年(応永10年)に播磨の国主・赤松則興の追善供養のために阿闇梨日伝によって開かれました。戦国時代には、寺域が2町(約2万平方メートル)余に及び、1院と10の坊が立ち並ぶ大寺院でした。後に戦国大名となった黒田家(官兵衛の曽祖父・高政など)や宇喜多家(直…
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日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11147.html
桜の隠れ名所
標高50メートルにある貴船神社は隠れたる花の名所。境内にはおよそ80本の桜並木や樹齢100年を超える桜の大木のほか、沈丁花、山茶花、ロウバイ、こぶし、ハナミズキ、モッコウバラなど多種類の花木が植栽されており、四季を通して様々な表情を楽しむことができる。(…
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_15599.html
天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…
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日本刀の聖地・長船を巡ろう
刀工たちの刀剣魂を育み、見守り続けた天王社。新田義貞に敗れた足利尊氏は、九州へ下向する途中この地で再起を祈願したといわれています。願いが叶って東上のとき再び立ち寄り、お礼として日向国から持ち帰った松を寄進したとの伝承があります。日本刀の絵柄が入った…
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11186.html
一山一寺多院制を今に伝える竹久夢二ゆかりの古刹
低い丘陵地帯に鎮座する静円寺は真言宗の寺院。730(天平2)年、行基による創建とされています。その後、報恩大師によって備前四十八カ寺に選ばれた名刹。桃山時代に再建され、1688~1704年(元禄年間)に現在の地に移転されました。かつては33坊の大伽藍でしたが、火…
https://www.okayama-kanko.jp/setouchi/spot/detail_11156.html