林ぶどう研究所/林慎悟(はやししんご)さん

“果物の女王”とも称されるマスカット・オブ・アレキサンドリア(以下マスカット)の栽培に国内で初めて成功した岡山市北区津高地区。そんな明治時代から続くぶどうの名産地で、地の利を生かした高品質なぶどう栽培と、品種改良を行う育種家として活動しているのが「林ぶどう研究所」代表の林慎悟さんです。林さんはマスカットを親にもつ「ロザリオビアンコ」と「アリサ」を交配し、約10年の歳月をかけて岡山発の新しいぶどう「マスカットジパング」を生み出しました。マスカットジパングは平成26年(2014年)に品種登録され、林さんは育種家としてぶどうの産地・岡山の新たなブランディングに貢献すると共に、ぶどうを使った独自の観光イベントも企画。岡山ぶどうの魅力を県内外に発信しています。

将来のリスク回避のため品種改良の道へ

地元で米や果物を生産し100年以上続く農家の4代目として生まれた林さん。幼い頃は農繁期に少し手伝う程度で、跡を継ぐことに積極的ではなかったといいます。学校も農学系ではなく情報(IT)系へ進学しましたが、理数系があまり得意でなかったこともあり、平成12年(2000年)、農業の道を選びます。就農してまもなく、家業で栽培する作物の中ではぶどうが弱いと感じた林さん。その部分を補完するため、岡山発のぶどう「瀬戸ジャイアンツ」を開発した育種家、花澤ぶどう研究所・花澤茂氏の門を叩きます。花澤氏からは「育種(品種改良)は儲からない。それでもやるのか」とたずねられましたが、林さんの決意は変わりませんでした。「この頃、マスカット・オブ・アレキサンドリアを作る農家が徐々に減ってきており、値段も少し下がってきていました。将来的に今ある品種のみで勝負をするのはリスクが高いと感じたんです」と当時を振り返ります。
  • マスカットジパング

    マスカットジパング

育種(品種改良)を目的に使用する畑は、品種が登録されるまで収益ゼロの状態が続きます。そのため、日本では農研機構など公的機関が育種を担う場合が多く、個人農家である林さんの負担は決して小さくはありませんでした。それでも、従来の作物を作りながら地道に品種改良を続けた林さん。異なる品種を交配して実がなるまでに約3年。そこから品種の特性を探っていくのにさらに数年。気の遠くなる作業の中で、約1万分の一という奇跡的な確率で生まれたのが「マスカットジパング」でした。マスカット特有の芳醇な香りと上品な甘みを持ち、果汁がたっぷり。種なしで皮ごと食べられる高品質な大粒ぶどうの開発に成功し、さらに地域でのブランド化と品質の保持を目指すため、栽培は岡山県内の契約農家に限定しました。そこには「約130年の歴史を誇る岡山ぶどうを再び地域で盛り上げたい」という林さんの強い想いが込められています。

人にも環境にも優しいぶどう作り

品種改良という挑戦を続ける一方で、高品質なぶどうを目指し、栽培方法も段階的に見直していった林さん。「農業を始めた当初、近隣の自然農に近い農家に見学に行きました。病虫害があまり見られず、ぶどうの味もよかった。そこで実験的に有機肥料を取り入れるようにしたんです」。2~3年は土壌にあまり変化は見られませんでしたが、徐々に病虫害が減り、食味に変化が現れてきたのだそう。「畑は生き物と一緒で、とてもデリケートです。見えない微生物たちの働きで徐々に整っていく感じ。コントロールは難しいですが、最適解を目指して実験していくしかないですね」と林さん。現在、林ぶどう研究所の畑では、米糠、海藻、卵殻などの有機肥料のみを使用し、除草剤は一切使っていないとのこと。人にも環境にも優しく、食味も優れたぶどう作りを追求しています。

多品種栽培と独自の観光イベントが話題に

品種改良に取り組んでいるため、多数の品種を栽培している林さん。その数は約100種類にも上ります。スーパーなどでは見かけない珍しい品種も多く、そのことでマスコミにも注目され、人気テレビ番組「マツコの知らない世界」でも取り上げられました。また、平成28年(2016年)からスタートし、話題を集めているのが観光イベントです。多品種のぶどうを取り扱っていることを生かし、10品種近くのぶどう食べ比べや、ぶどうの豆知識が身に付く座学、ぶどうを様々な方法で調理し味わえる「ぶどう畑のレストラン」など、独創的なアイデアが県の観光キャンペーンや口コミ等で広がり、県内外から多くの人が林ぶどう研究所に足を運びました。「よくあるぶどう狩りでなく、あまり他の農家がやっていないような、ぶどうの魅力を多角的に伝えられるイベントにしたかったんです」と林さん。「岡山へ観光に訪れる動機がうちの農園になれるよう、これからも頑張りたい」と県内の観光客誘致にも意欲的です。

岡山産ぶどうの魅力を世界へ発信

温暖化に伴う環境の変化など、ぶどう栽培の状況は刻一刻と変化を続けています。そんな中、林さんは国内のみならず世界にも目を向け、新たな取組に挑戦中です。その一つが岡山市在住の自然派ワインの醸造家・大岡弘武氏と共同で行っているワイン用の品種開発。世界で勝負できる日本産ワインを目指した、岡山生まれの新品種による自然派ワインの完成に期待が高まります。また、ぶどう栽培と生食用ぶどうの品種開発をニュージーランドでスタートし、海外市場の新規開拓と新たな育種ビジネスに乗り出しました。「品種で世界を巻き込んで何ができるか、どんな貢献ができるのか、今も模索中です。いつかそれらを地域に還元できれば」と笑顔で話してくれました。世界を見据えた岡山産ぶどうの開発と、ぶどう産地・岡山のブランディングに力を注ぐ林さんの挑戦はまだまだ始まったばかりです。