観光スポット
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地元の特産品販売・喫茶があり、赤米の甘酒が人気メニューです。
備中国分寺の境内内にある観光案内所です。地元の特産品販売・喫茶があり、赤米の甘酒が人気メニューです。

水辺での遊びや自然体験ができる社会教育施設です。
子どもたちの水辺での遊びや自然体験できます。カヌー用の水路や遊水路、芝生広場、散策道などもある。

吉備の歴史のスポットを繋ぐ全長25kmの自転車道
備中国分寺や造山古墳をはじめ、吉備津神社など、吉備の歴史のスポットをなだらかな道で繋ぐ全長25kmの自転車道です。歴史と四季を感じながら、ポタリング感覚で楽しく走行できます。サイクリングロードの詳細は、ハレいろ・サイクリングOKAYAMAをご確認ください。

車窓より豊かな自然と文化を眺むやすらぎのレトロ空間
2005年、特別イベント車両としてデビューした「夢やすらぎ号」の設計・デザインは、「九州新幹線」「ななつ星in九州」などを手がけた岡山県出身の水戸岡鋭治氏。車内というよりも居間やティールームのような心やすらぐ「部屋」をイメージしてデザインされています。イ…

新鮮野菜、味噌、オリジナル食パンなどの加工食品が人気
温羅伝説で有名な古代山城の「鬼ノ城」のふもとにある青空市場です。新鮮野菜、味噌、オリジナル食パンなどの加工食品が人気で、手づくりの木工芸、花の苗、切花、花台などもあります。
1905年創業。小さな酒蔵ですが、お酒を造ってみたいという方を毎年募集し、その方たちと共にお酒を造っています。できるだけ手作り手作業にこだわり、絞りの作業以外はすべて手作業で酒作りをしています。また、酒造り文化、歴史の伝承、開かれた酒蔵を目指し、酒造資…

紅葉時期の11月中のみ開所しています。
紅葉時期の11月中のみ開所しています。豪渓は、秋には渓流沿いの木々が美しく色づく紅葉の名所です。

備中国分寺の南東にあり、敷地より五重塔を眺めることができます。吉備路自転車道をサイクリングする際に便利です。

35年かけて集められた約3,500羽のふくろうが並ぶ、吉備路の小さな美術館です。自宅を改装した和める雰囲気の館内では、張り子で作られたおきあがりふくろうの絵付けが楽しめます。所要時間は最短で10分程度です。

明治43年に建築された旧総社警察署の建物です。現存する市内唯一の明治洋風建築で、八角形の楼閣風の入口が明治の雰囲気を漂わせています。館内には備中売薬や阿曽の鋳物、い草産業など、明治を中心とした伝統産業の資料が展示されています。

光と水のハーモニー。絶妙な生態系のバランスがここに
岡山自動車道の建設計画で消滅の危機にありましたが、市民団体等の働きかけにより計画が変更され保全されたビオトープです。現在、総社市が中心になり、地元自然保護団体と協力して維持管理を行っています。

県下では珍しい扇の縄と呼ばれる型式で、城郭は扇を広げたように配置され、四段にわたって構築されています。築城時期は不明ですが、南北朝時代に今川氏、後に上田氏が城主となりました。天正3年(1574)に毛利氏の城攻めを受けて落城し、その後江戸時代初期に廃城と…
備中国分寺の東約600mに位置し、現在は松林の中に建物の礎石や築地塀の痕跡が残り、往時をしのぶことができます。天平13年(741年)の国分寺・国分尼寺造立の詔を機に建立されたと考えられています。

福山西北に独立した高さ164mの小山山頂部分にあります。東西の郭跡や,堀切・土塁状の遺構が見られます。鎌倉時代の終わり頃、備中の豪族 庄資房が初めて築城したと伝えられますが、室町時代中期に細川氏の守護代石川氏が約150年にわたって居城していたとみられてい…
吉備高原の南端に位置する、標高372.7mの山頂に築かれた山城です。 平安時代、この一帯は山岳仏教の霊場として栄え、多数の径塚が築かれたことから、径山城と呼ばれています。
備中国風土記逸文『宮瀬川』(みやせがわ)によると、賀陽郡に『伊勢御神社』(いせのみかみのやしろ)の東に河があり、河の西に『吉備建日子命宮』(きびたけひこのみことのみや)があるので、この河を『宮瀬川』と称した、とある。この『伊勢御神社』を、神明神社(…
天明年間(1781~1788年)頃、伊予の国 宇和島藩家老の山家(やんべ)清近衛公頼を祭った宇和島の和霊神社の分霊を祭ったとみられます。悪疫を鎮め、勝運の神様として近郷の人々から崇拝されていました。

弥生時代後期から古墳時代初頭にかけての墳墓群で、箱式石棺・土壙墓・特殊器台棺等多様な埋葬を伴う集団墓と、前方後円墳状の墳丘墓とから成り立っています。集団墓から発見された特殊器台から、古墳時代の円筒埴輪の起源が特殊器台から変化したことも明らかになりま…
豊かな自然の中で、誰もがいつでも、楽しい時間を過ごすことのできる広場。地域社会の交流の場として、気軽に利用できるスポーツ施設です。
吉備の方墳のなかでは最大級
旧山陽道を挟んで作山古墳の500mほど南にある古墳です。36x38mの規模をもち、吉備の方墳のなかでは最大級にはいります。埴輪などから中期前葉の築造が考えられています。
文久3年(1863)に1万石に加増され、旗本から大名となり、陣屋を新たに築きました。しかし、慶応2年(1866)の倉敷浅尾騒動により襲撃を受け、焼失。
鬼ノ城の美しい自然と調和したゴルフクラブ。【鬼ノ城ゴルフ倶楽部の建物について】鉄筋コンクリート構造だが、木や石、レンガといった自然素材が多く使われ自然の安らぎを感じられるデザインとなっています。建築家/完成年:隈研吾/1992年見学・撮影について:館内…

北の吉備路一帯に7つのコースを設定(例)鬼ノ城コース 西門、礎石建物群、第一展望台等をまわることができます。
飛鳥時代に創建された寺院跡で、塔の心礎は往時の位置に現存しています。出土した軒丸瓦は2種類が確認されていて、第1類は県内最古の飛鳥様式で、第2類は吉備式と呼ばれるものです。
白鳳時代に創建された寺院跡で、賀陽氏の氏寺であったと考えられています。発掘調査によって、塔などの伽藍配置の一部は明らかにまりましたが、全容は未解明です。
自然の地形を生かした丘陸コースとして、昭和50年3月、歴史に彩られた吉備の山なみの一つ、美しい赤松林に囲まれた春山の裾野にオープン。以来手を加え、今では美しい風格あるチャンピオンコースとして、ゴルフの楽しさ、醍醐味を楽しめます。