観光スポット
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昭和38年4月1日に開業した因美線唯一の新設駅。早春には桜のトンネルができ絶好の撮影スポットとなります。

津山市街地の西方の丘陵上に並んだ数基の古墳群を呼ぶ。最高所には全長約80mの前方後円墳の胴塚、南に下がって直径約40mの蛇塚と同規模の耳塚の円墳が続いている。古墳時代中期のもの。

江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
山にあるヒノキのこずえに虚空蔵菩薩が降臨したといわれのある山。標高659m山頂からは、津山市街やその周辺を望むことができます。
弥生時代中期の住居が復元された大小5つの住居跡や作業所跡などがあります。隣接する弥生の里文化センターと合わせ見学ができます。


津山市内を見渡せる桜の名所
標高530mにあり、津山の町並みを一望できます。春にはソメイヨシノやヤエザクラ、ヤマザクラなど1,200本の桜目当てに多くの人が訪れ、秋には眼下に雲海を見ることができます。

毎月第3日曜日、好評の和牛串・焼鳥・山菜おこわなどが楽しめます
毎月第3日曜日 、好評の和牛串・焼鳥・山菜おこわなどが楽しめます。
吉井川近くの台地上に所在する古代寺院。主要伽藍が判明し、遺構の残存状況は良好である。出土した瓦から中央との強い関係が想定され、古代美作国の政治情勢を示す上でも重要である。
美作三大社の1つで主祭神に神武天皇の父にあたる「彦波限建鵜茸草茸不合尊」を、相殿には中山神社の主祭神「鏡作神」と美作総社宮の主祭神「大己貴命」を祀っています。

慶長19(1614)年、大金持ちの蔵合氏の願いで建てられた寺で、本堂は当時のもので、本尊の不動明王は鎌倉期の作と伝えられています。
三重県の朝熊山・金剛證寺と福島県の霊厳山・圓蔵寺とともに「日本三所虚空蔵菩薩」と称されている。源氏・北条氏・足利氏など遠方より寄進し信仰したと伝えられ、近世では大阪商人達が商売繁盛を願って寄進し参詣したという。また、子どもの生まれて初めての厄除け『…

氷ノ山・後山・那岐山国定公園の一面にある深山渓谷は、県下有数の渓谷として知られ、四季を通じて自然を満喫できます。
万燈山古墳出土品をはじめとする郷土の文化遺産や、人々の生活の歴史に関する資料を収集展示しています。

江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主森忠政の津山城築城に際して城南の覗山(のぞきやま)に移り、さらに慶長13年に現在地へ移築された。現在の本殿は、寛永12年(1635)に2代目藩主の森長継が再建したもの。
現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
津山市街の北西にある神楽尾城跡は、山頂の本丸から東側に平屋城、南東に津山城、南西に嵯峨山城が望めます。

津山市内には、加茂町・勝北・久米の3館の歴史民俗資料館があり、各地域ごとの歴史や文化について展示・紹介しています。

森家代々に尊崇された苫東郡苫田郷二ノ宮公方神社
上横野と下横野地区の氏神様で、獅子舞は岡山県指定重要無形民俗文化財です。高田神社の獅子舞は、伝承によると、和銅6(713)年に美作国府が開設されて以来、文化・文政期から明治期にかけては、とくに盛んで人々に悪魔払いとして信仰を受けて来ました。毎年10月第2…

美作中心部の丘陵上に存在する。日上天王山古墳は、全長56.9mの美作最古の前方後円墳の一つで、竪穴式石槨、葺石、二重口縁の壺形土器が確認されている。日上畝山古墳群は大半が5世紀後半から6世紀前半に築造された、円墳・方墳56基が現存する古式群集墳である。
境内には御神木として崇められている推定樹齢660年の大杉があり、目通り周囲5.4m、樹高約40m。美作県民局の名木百選です。

岡山県のほぼ中央、豊かな緑に恵まれた丘陸地に悠然と横たわる、久米カントリークラブ。豪快さと繊細さを兼ね備えたこの18ホールでは、1982年と1985年に三菱ギャラントーナメントが開催され、世界のトッププロによる熱い戦いが繰り広げられました。

文化11(1814)年に建てられたもので、社殿・唐門・総門の3棟が現存しています。本殿と拝殿とを会いの間でつなぐ権現造で、屋根は共に入母屋造です。

大正12年、作備線(現在の姫新線)に建てられました。プラットホームや階段は大正時代の面影を残しています。

昭和52年墓地造成工事中に発見され、53年に岡山県教育委員会が発掘調査をしました。5世紀初頭頃の前方後方墳で全長35m、前方部と後方部にそれぞれ箱式石棺を持ち、そのどちらにも2体の被葬者がほとんど完全な形でうちちがいに葬られており、後方部からは径12cmのほう…

瀑層は玄武岩でできており、柱状節理の見事な黒色の岩塊が累々と連なっています。滝は奥まったところに滝口を作っていて、滝壷は広くはないですが、大きな音を響かせて水が落ちています。

白鳳時代創建の寺院跡。主要伽藍は、塔を中心に東側に金堂、西側に講堂を配した独特のもので、元禄4(1691)年に編さんされた美作地域の地誌「作陽誌」にも記載されている。
