観光スポット
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矢筈城(高山城)は、加茂町山下から知和にまたがる標高756mの矢筈山に、美作国と因幡国に勢力を有した草苅衡継(ひらつぐ)が、天文元(1532)年から翌年にかけて築いた山城で、東西1600m・南北500mの壮大な規模を誇る岡山県内で最大級の中世山城です。

石山は慶長8(1603)年、森忠政の津山城築城にあたり最初に石を切り出したところです。この寺は、石材の切り出し中死んだ人を弔ったり、工事の安全を願って建てられたと言われています。寺の周囲には石切場跡があり、今だ岩肌にはノミの痕が残っています。

開業以来ほとんど手の加えられていない昭和6年当時の古い駅舎で、秘境駅ランキングにも入っている秘境の駅です。

つやま自然のふしぎ館に併設されている施設で、江戸から明治にかけて津山商人文化に関する資料、及び森・松平藩に関する資料が多数展示されています。これらの商家の関連資料、歴代藩主からの拝領品及び創設者森本慶三の足跡を示すもの等約700点を森本慶三記念館の二…
美作地域の代表的な中世山城遺構
美作地域の代表的な中世山城遺構。嘉吉元(1441)年に山名教清が築城したもので、戦国時代の戦火で天正18(1590)年に焼失、以後再建されることはなかった。

樹齢100年以上のしだれ桜が見事なお寺
樹齢100年以上、高さ約15m、枝張り幅約18mのしだれ桜は、見るものを魅了します。さくらの季節にはライトアップも行われ、大勢の人で賑わいます。

旬の野菜や加工品、石釜パン、じゃこ、鮮魚、蜂蜜などを販売
旬の野菜や加工品、石釜パン、じゃこ、鮮魚、蜂蜜等、毎回様々な商品が並びます。
慶長8(1603)年に森忠政が美濃金山の涅槃寺を移し作州の菩提寺としたが、元禄11(1698)年に森家の後の津山藩主・松平宣富の祖母の戒名より泰安寺と改め、松平家の菩提寺となりました。美作西国三十三所観音霊場、神名:子安観音

1931年9月12日開業の、現在も開業当時の木造駅舎がそのまま使われています。また、以前はラッセル車の向きを変えるために使用されていた転車台があります。これは、使用されなくなり土中に埋まっていたのを、鉄道ファンの協力により掘り起こされたものです。

洪水調整や農業用水の確保、導水落差を利用する発電など多面的機能を有し、岡山県で農地防災ダムとして最初に築造された重力式コンクリートダムです。新緑や秋の紅葉が美しく、上流にはキャンプ場、温泉等があり自然をたっぷり満喫できます。

新鮮な地場農林産物や冷蔵加工品の種類も豊富な直売所
新鮮な地場農林産物や加工品の販売をしています。

昭和28年創業で、今も当時の装いのまま店内には可愛い民芸品がたくさん展示されています。竹細工作りも体験できます。

美作地方では最古の物と言われています。
宝暦年間(1751~1764年)に安国寺と改名され、鐘楼を改築されました。梵鐘には永和3年(1377年)と刻銘されていることから美作地方では最古の物と言われています。

津山駅前店はJR津山駅改札口の斜め向かいにあります。また、トヨタレンタリース岡山は、駅・空港周辺を中心に岡山県内10店舗あり、豊富なラインナップで安心・安全・便利・快適なクルマの利用システムを提供しています。

奈良時代の和銅年間(707~715年)以前の創建と伝えられている古社です。大隅神社の神輿は、1842年に造られたもので、津山市の重要有形民俗文化財となっています。

標高989.8mの山頂平らのテーブルマウンテンです。黒岩高原や後山、那岐山なども見渡せるパノラマも広がります。車で山頂まで行けますので気軽に絶景を楽しむことができます。トレッキングの場所としても人気です。

木地師の里として栄えた山間の村
昭和49(1974)年に、郷土の風物を開発から守ろうと岡山県が指定した「ふるさと村」7ヵ所の一つ。標高500mの大高下、大杉エリアに茅葺き屋根の民家が点在し、水車が回るのどかな山村のたたずまいが残っています。
保田扶佐子の生家の一角に作られた小さなアートスペース。保田扶佐子の絵画、版画、アーティストブック等と、保田の居住するスペイン・バルセロナでコレクションした美術品・希少本などを展示しています。

堆積層泥岩で出来た三面からなる岩壁の正面奥の黒い屏風状の岩の上から、白糸を引くように落ちています。

中山神社・高野神社と並ぶ美作三社の1つであり、神社の創建等は不詳。美作65郷912社を合祀しています。
津山市一宮にある中山神社の奥にあるのが「猿神社」です。今昔物語26巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在、猿田彦神として祀られています。牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今もなお、ぬいぐるみの小猿を奉納する風習が残っています。

広く美作地方一円の人々から古来より「学問の神」「書の神」として崇敬され、信仰を集めています。受験シーズンには合格祈願が毎年行われています。

和銅7(714)年6月に開創されたお寺です。昔は鏡野町にありましたが、森忠政が津山城築城のとき、聖徳太子が諸国を遊化され立ち寄られた場所といわれる津山市小田中に移りました。正保年間に、当時の快映上人は四天王寺に詣で太子を拝見し、微妙の尊像を彫刻し御頭に…

加茂・阿波地区の観光案内、特産品も販売
加茂・阿波地区の観光案内をしています。敷地内には地域の特産品や農産物の販売もしています。

江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
尼子氏に従って美作に入った草苅氏が天文2(1533)年に築城。城郭の範囲は、東西1.6km、南北0.5kmで、県内最大級の規模。天正12(1584)年に草苅氏が退城するまで約50年間一度も落城しなかったという。石垣、土塁、堀切等の遺構が確認される。


清瀧寺は弘仁12年(821年)人皇52代嵯峨天皇の勅旨により弘法大師が開基されたものと伝えられている。
明治以前の勝北地域における生活様式や地域文化について、民具・農耕具・古文書などの展示品により紹介しています。

行基(667生749没)の開基と伝えられ、寛永年中(1624~43年)に字槍原より現地に移り、薬師院万福寺の称を日光院真福寺と改め、権大僧都光範が中興開山となりました。美作国七福神霊場所(弁財天)で智識・学芸の神様。知恵、記憶、名誉福徳を授ける七福神の中の唯一…

津山藩主森忠政の息女の安産祈願で無事に安産されたことと、森家の家臣山口彦左衛門がマムシの難に会い、祈願をしたところ全快し、安産とマムシ除けに霊験あらたかといわれています。福力荒神社旧正月例大祭は、毎年1月最終土曜日から3日間開催され、大祭に参詣すれば…

津山市街地の西方の丘陵上に並んだ数基の古墳群を呼ぶ。最高所には全長約80mの前方後円墳の胴塚、南に下がって直径約40mの蛇塚と同規模の耳塚の円墳が続いている。古墳時代中期のもの。

広戸仙は、中国地方屈指のドウダンツツジの群生地です。また、春は桜と新緑、夏は紫陽花、秋は雲海と紅葉、冬は白銀といった四季を通じて色々な表情を楽しむことができます。

標高990mの山頂からは、360度のパノラマが楽しめます。晴れた日には、津山市から遠く瀬戸内金甲山も望むことが出来ます。

弥生時代中期の住居が復元された大小5つの住居跡や作業所跡などがあります。隣接する弥生の里文化センターと合わせ見学ができます。

県下最大級の桜
津山市阿波の中央、大畑から加茂川の支流尾所川に沿って登っていくと、河畔に山桜の古樹がそびえ立っています。この木は推定樹齢570年以上のヤマザクラで高さ約16m、枝は四方に約20mに渡って伸びている県下最大級の巨木で、その貫禄に心を奪われます。

吉井川近くの台地上に所在する古代寺院。主要伽藍が判明し、遺構の残存状況は良好である。出土した瓦から中央との強い関係が想定され、古代美作国の政治情勢を示す上でも重要である。
津山市内を見渡せる桜の名所
標高530mにあり、津山の町並みを一望できます。春にはソメイヨシノやヤエザクラ、ヤマザクラなど1,200本の桜目当てに多くの人が訪れ、秋には眼下に雲海を見ることができます。
