現代美術館「ラビットホール」 〜 岡山市中心部に生まれた現代アートの発信拠点

みなさんは現代アートと聞いて、何を思い浮かべるでしょう?
おそらく多くのかたが、理解が難しくて難解な芸術作品を想像されるのではないでしょうか。

現代アートに気軽に触れることができる新たなミュージアムが2025年4月、岡山市中心部にオープンしました。「ラビットホール」と名付けられたこちらのミュージアムでは、第一線で活躍する現代アーティストの多様な作品を展示しています。

今回はアートの裏側に込められた作り手の思いを聞きながら取材してきました。別館の福岡醤油蔵を含め、館内の展示内容とあわせて紹介します。
掲載日:2025年09月25日
  • ライター:toru.
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ラビットホールとは

「ラビットホール」は2025年4月、岡山市中心部の林原美術館北側にオープンした現代美術館です。

〇〇美術館や〇〇ミュージアムという名前ではなく、「ラビットホール」というユニークなネーミングは、後述する福岡醤油蔵にて個展を開催しているアーティスト、ライアン・ガンダー氏によるもので、寓話「不思議の国のアリス」でアリスが落っこちる「うさぎの穴(THE RABIT HOLE)」が名前の由来になっています。

アリスがうさぎの穴を通って不思議の国に行ったように、鑑賞者にもラビットホールでのアート体験を通して新たな世界を発見して欲しい。現代アートを難解なものと考えず、親しみを持って接して欲しいとの思いを込めて名付けられました。

建物の紹介

ラビットホールの建物は、元々林原家(株式会社林原(現:ナガセヴィータ株式会社)創業家で、林原美術館も創立)のゲストハウスとして建てられたもので、近年は隣接する山陽放送(RSK)の「岡山映像ライブラリーセンター」として2023年まで使用されていました。

美術館への改装を手掛けたのは、青森県立美術館や各地のルイ・ヴィトンショップの建築で知られる建築家・青木淳氏。

改装するにあたり、建物の内装をあえてむき出しの状態にしているのが特徴です。
例えば展示室の床も、工事現場のようにコンクリートむき出し。

これは、展示されるアート作品を設置するために開けた穴などの痕跡をあえて補修せず、次の展示に向けてまた新しい穴を開けたり壁を壊すなど、展示室自体も少しずつ形を変えながら展示を変えていくコンセプトからあえてこのようなスタイルとなっています。

また、奥にガラスの大窓を新たに設けることにより、館内より隣接する林原美術館の周囲を取り囲む石垣がよく見えるようになりました。

この石垣は岡山城の遺構のひとつで、保存状態もよく綺麗に保たれている、いわば「岡山の歴史の生き証人」です。石垣を通して遠い過去の歴史に思いを馳せながら、現代アートを鑑賞することができます。

現在開催中の展示会「イシカワコレクション展:Hyperreal Echoes」について

こけら落としとして現在開催中の展示会「イシカワコレクション展:Hyperreal Echoes」の展示内容と見どころについて、広報担当の宍戸里帆さんに案内して頂きました。
本展示は、2025年3月まで金沢21世紀美術館に在籍されていた黒澤弘美さんをディレクターにお迎えし、イシカワコレクションらしい作品をセレクトして展示しました。展示期間は3年を予定しています。

作品紹介① フィリップ・パレーノ|Marquee

建物の外観、エントランスの上部にネオンをモチーフにしたひさし状の作品があります(写真右側)。

こちらは岡山芸術交流2025のアーティスティック・ディレクターを務めるフィリップ・パレーノ氏の作品で、映画館のエントランスにあるネオンをモチーフにして作られました。

ラビットホールの名前の由来である「ウサギの穴」を通って別の世界に入っていくのと同様に、この入口を通って、また別の世界に入っていくことを感じるきっかけの1つにもなる作品です。

作品の特性上、夜間の鑑賞がおすすめですが、日中でも見ることができます。キラキラと光るネオンに注目してみてください。

作品紹介② 島袋道浩|How do you accept something you don’t understand?

岡山芸術交流2025にてアーティスティック・トランスレーター(アートのコンセプトを鑑賞者に伝える通訳者の役割)を務める日本人アーティスト、島袋道浩氏。自身の母親が岡山出身ということもあり、過去2回の岡山芸術交流への参加など、岡山とも縁深いアーティストの一人です。

こちらの作品は、ドイツ人の女性が日本の歌を歌っているムービーが延々と流れるもので、(意味がわからない日本語の歌詞を、聞いたままで歌うことで)知らないものを知らないまま受け入れることを表しています。

作者はこの作品に「意味がわからなくても、素晴らしいものってあるよね」というメッセージを込めています。それは、これから鑑賞者が展示を鑑賞していくなかで出会う難解な展示に対して、あなたならどのように受け入れますかというメッセージにもつながっていて、アートの入口にふさわしい興味深い展示です。

作品紹介③ マーティン・クリード|Work No.1350 : Half the air in a given space

ガラス張りの空間の半分に風船詰め込んだ作品で、外からもよく見えます。
館内には茶室にある躙り口(にじりぐち)のような入口があり、実際に風船の中に入ることができます。
鑑賞者が風船の中に入ることで風船の高さも上がり、目に見えない空気の存在が可視化され、その存在を意識することができる作品です。

1階展示室の紹介

受付を抜けたところにある奥の広々とした展示室には、数名の作家による作品が展示されています。ここにある作品は、ベトナム戦争や、アメリカにまつわる政治的なモチーフものが組み合わさって展示されているので、作品の背景を知って鑑賞するとより見応えがあります。

作品紹介④ ヤン・ヴォー|我ら人民は(細部)要素 #B7.2

展示室の中央に配置されているこちらの作品は、ベトナム人アーティストのヤン・ヴォー氏によるもので、彼が制作した等身大の自由の女神像のパーツのうちのひとつです。自由の女神像をいくつものパーツに分散、分断し、それを世界中に散らばせるプロジェクトで制作された作品です。

世界中に散らばった自由の女神像より、アメリカの象徴としての自由が世界中に広まっていくことをこの作品は暗喩していて、その結果どうなったのか、どう捉えるかっていうのを訴えかけています。鑑賞者に対して「自由」とは何か、それををどう捉えるか、すごく考えさせられる作品です。
その他にも、壁に空いた大きな鍵穴から風が出てくる作品や、NASAが開発した磁性流体が各種のデータをもとに動く作品(写真)なども展示されています。

2階展示室の紹介

2階はもっとも展示作品数が多いフロアで、作品テーマも多岐に渡ります。

エレベーターから出たところにて、トリシア・ドネリーによる映像作品《Untitled》が迎えてくれました。こちらは移ろうような映像が延々と流れる作品です。

多くの作品の中から、ピックアップして作品を紹介します。

作品紹介⑤ ジョナサン・モンク|しぼんだ彫刻Ⅴ

岡山市内にあるホテル「A&A ジョナサンハセガワ」を手がけたアーティスト、ジョナサン・モンク氏によるこちらの作品、実は別の有名アーティストの作品をモチーフにして作られたものなのです。

この作品は、ジェフ・クーンズ氏の作品のパロディで、とても高値で落札されたことでも知られる氏の作品《ラビット》を、空気が抜けてしぼんだ形にて表現した作品です。

これは作家の現代アートに対する問題提起が含まれており、元ネタとなった作品を知ってるととても興味深い一作。しかし、元ネタを知らなくても、「これは何だろう?なぜこんなにしぼんでいるんだろう?風船ではなくステンレスで出来ている?」など、少し考えながら鑑賞すると、とても面白い作品です。
2階にはその他にも、コンクリートむき出しの床面に描かれた作品(円)や、昔懐かしい黒電話のダイヤルを回すと受話器から詩が流れる作品、各種映像作品などが展示されています。

3階展示室の紹介

最上階の3階は、明るく開放的な空間となっています。
入口から左手の窓には、旭川と岡山城が一望できるビュースポット。

作品紹介⑥ フィリップ・パレーノ|My Room Is Another Fish Bowl

開放的な空間のなかを泳ぐ無数の魚型バルーンが印象的なこちらの作品は、エントランスにも作品を設置しているフィリップ・パレーノ氏によるものです。

四隅に置かれた装置により、空間内に空気の流れを生み出して、あたかも魚が泳いでいるような光景が見られます。

また、鑑賞者が空間に入ることで空気の流れも変わるため、魚の動きに変化が現れます。ゆえに鑑賞者も作品の一部となって楽しめる作品です。
展示室内に置かれたベンチやラグは、アンドレア・ジッテル氏による作品で、実際に座ることもできます。
【ラビットホール】
所在地:岡山県岡山市北区丸の内2-7-7
営業時間:10:00~17:00 ※最終入場は16:30
定休日:月~水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12月28日~1月3日)、展示替期間
料金:大人1,500 円 、18歳以下無料
駐車場:なし(近隣の有料駐車場を利用)

ラビットホール別館 福岡醤油蔵

ラビットホールから旭川沿いを北へ徒歩10分ほど歩いたところにある「ラビットホール別館 福岡醤油蔵」。

明治時代に建てられた醤油蔵を改装し、2021年からはギャラリーとして使用されていましたが、ラビットホールの開業にあわせて「ラビットホール別館 福岡醤油蔵」としてリニューアルしました。

建物の紹介

福岡醤油蔵のある出石町は、岡山空襲の際に焼け残った建物が今でも多く残るエリア。福岡醤油蔵は明治時代に建てられた主屋と昭和初期に建てられた離れが一体となった作りの重厚な日本建築です。

展示室として使用されているのが主屋で、離れにはお茶のお店「SABOE OKAYAMA」が入居しています。
主屋のエントランスを入ると、右奥にギャラリーがあります。こちらは改修時に元々あった2階の床を抜いて、天井の梁がみえるようになっていますので、現在では入手が困難な立派な木材を使った梁にも注目してみてください。
エントランスの奥にある万成石(岡山市内で産出する淡紅色の花崗岩)で出来た石段を下った先にも地下展示室があります。

この建物のおもしろいところは、地下展示室内にある石垣により、建物の西側を南北に走る城下筋側が低くなっているため、城下筋側からみると地下が1階のようにみえるところです。昔は、この地下空間を利用して醤油作りをされていました。
階段部分に石垣の遺構がありますので、改修で追加されたコンクリートの柱との対比にも注目してみてください。

現在開催中の展示会「ライアン・ガンダー:TOGETHER,BUT NOT THE SAME」について

2025年9月現在、開館を記念してラビットホールの名付け親でもあるライアン・ガンダー氏の個展「TOGETHER,BUT NOT THE SAME」を開催しています。

あえて前回の展示のステートメントの上に、今回のステートメントが重ねて貼られていて、ラビットホールのコンセプトである「少しずつ形を変えながら展示を変えていく」部分にも通じますね。

館内に展示されている作品の中より、いくつかの作品を紹介します。

作品紹介① ライアン・ガンダー|A machine to send you some place else

地下展示室に入ってすぐの右手にあるこちらの装置。壁面に設置された光電センサーに手をかざすと、最大25年先までのある時間の情報(日付と時間)がランダムに刻印された紙が出てきます。

その日付自体に意味があるものではないのですが、(刻印された日付と時間を見ながら)未来に思いを馳せたりとか、なぜこの日付なんだろうといったコミュニケーションが生まれたり、思考を促される作品です。
ちなみに筆者が体験した際には14年先、2039年7月10日5時47分と書かれた紙が出てきました。

作品紹介② ライアン・ガンダー|2000 year collabolation (The Prophet)

地下展示室の奥に進んでいくと、女の子の喋り声が聞こえてきました。その声の先には壁に穴が開いていて、中をよく見てみるとネズミが喋っています。

声の主はライアン・ガンダー氏の愛娘(9歳)によるもので、内容はチャップリンの映画「独裁者」の演説の内容をアレンジしたものです。

見た目も内容もどこかシュールで、人気のある作品のひとつです。

作品紹介③ ライアン・ガンダー|Imagineering

地下展示室の階段付近にあるこちらは、ライアン・ガンダー氏の母国、イギリスの政府広報CM風の映像作品。
広告代理店に依頼して作成した本格的なこちらのCMは、「想像力の大切さ」を訴えかける内容で、あたかもそれが国の施策のように作られています。

英国政府の施策であるように見せることで、ある意味、(皆んなが想像力を働かせてクリエイティブである)こんな国だといいよねという理想も含みつつ、氏の作品の特徴のひとつである「鑑賞者にも思考を促す」ことを体現化した象徴的な作品です。

また、床面に無造作に置かれたチラシ(Make everything like it’s your last - Maya)にも同様なことが書かれており、鑑賞者は自由に持ち帰ることができます。

【ラビットホール別館 福岡醤油蔵】
所在地:岡山県岡山市北区弓之町17-35
営業時間:10:00~17:00 ※最終入場は16:30
定休日:月~水曜日(祝日の場合は開館)
料金:大人1,000 円 、18歳以下無料
駐車場:なし(近隣の有料駐車場を利用)

おわりに

いかがだったでしょうか。岡山の歴史を感じる空間に広がる、さまざまな切り口をもった現代アート作品。難解そうに思える作品も、作者の意図を知ることで「こんな見方もあるんだ」と改めてアートの奥深さを知ることができました。

また、2025年9月26日(金)から11月24日(月・休)にかけて、岡山市中心部を舞台にした国際現代美術展「岡山芸術交流2025」が開催されます。

©Okayama Art Summit 2025

(左)撮影: Andrea Rossetti

ラビットホールにも作品が展示されているアーティストも多数参加していて、今回の記事で紹介したフィリップ・パレーノ氏は旧内山下小学校の校庭に高さ13.6mにおよぶ巨大なタワー型の作品を展開。
 

フィリップ・パレーノ《Membrane》2024年 

バイエラー財団(バーゼル)での展示風景

撮影:© Andrea Rossetti

ほかにもライアン・ガンダー氏は、市街地を舞台に《The Find(発見)》というタイトルにて、コイン探しのプログラムを展開します。
(写真は城下地下広場)

他にも岡山市内を走るバス60台をLEDでライトアップする作品も展開されます。いつどこで出会えるかわからない不確実性もさることながら、バスに乗ることで鑑賞者も作品の一部となり、楽しむことができる作品です。

ジェームズ・チンランド《RAINBOW BUS LINES》2025年、CGイメージ  ©James Chinlund

いずれの会場もラビットホールと近接しているので、合わせて回遊してみてはいかがでしょうか。

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