ラビットホールとは
〇〇美術館や〇〇ミュージアムという名前ではなく、「ラビットホール」というユニークなネーミングは、後述する福岡醤油蔵にて個展を開催しているアーティスト、ライアン・ガンダー氏によるもので、寓話「不思議の国のアリス」でアリスが落っこちる「うさぎの穴(THE RABIT HOLE)」が名前の由来になっています。
アリスがうさぎの穴を通って不思議の国に行ったように、鑑賞者にもラビットホールでのアート体験を通して新たな世界を発見して欲しい。現代アートを難解なものと考えず、親しみを持って接して欲しいとの思いを込めて名付けられました。
建物の紹介
美術館への改装を手掛けたのは、青森県立美術館や各地のルイ・ヴィトンショップの建築で知られる建築家・青木淳氏。
改装するにあたり、建物の内装をあえてむき出しの状態にしているのが特徴です。
例えば展示室の床も、工事現場のようにコンクリートむき出し。
これは、展示されるアート作品を設置するために開けた穴などの痕跡をあえて補修せず、次の展示に向けてまた新しい穴を開けたり壁を壊すなど、展示室自体も少しずつ形を変えながら展示を変えていくコンセプトからあえてこのようなスタイルとなっています。
また、奥にガラスの大窓を新たに設けることにより、館内より隣接する林原美術館の周囲を取り囲む石垣がよく見えるようになりました。
この石垣は岡山城の遺構のひとつで、保存状態もよく綺麗に保たれている、いわば「岡山の歴史の生き証人」です。石垣を通して遠い過去の歴史に思いを馳せながら、現代アートを鑑賞することができます。
現在開催中の展示会「イシカワコレクション展:Hyperreal Echoes」について
作品紹介① フィリップ・パレーノ|Marquee
こちらは岡山芸術交流2025のアーティスティック・ディレクターを務めるフィリップ・パレーノ氏の作品で、映画館のエントランスにあるネオンをモチーフにして作られました。
ラビットホールの名前の由来である「ウサギの穴」を通って別の世界に入っていくのと同様に、この入口を通って、また別の世界に入っていくことを感じるきっかけの1つにもなる作品です。
作品の特性上、夜間の鑑賞がおすすめですが、日中でも見ることができます。キラキラと光るネオンに注目してみてください。
作品紹介② 島袋道浩|How do you accept something you don’t understand?
こちらの作品は、ドイツ人の女性が日本の歌を歌っているムービーが延々と流れるもので、(意味がわからない日本語の歌詞を、聞いたままで歌うことで)知らないものを知らないまま受け入れることを表しています。
作者はこの作品に「意味がわからなくても、素晴らしいものってあるよね」というメッセージを込めています。それは、これから鑑賞者が展示を鑑賞していくなかで出会う難解な展示に対して、あなたならどのように受け入れますかというメッセージにもつながっていて、アートの入口にふさわしい興味深い展示です。
作品紹介③ マーティン・クリード|Work No.1350 : Half the air in a given space
館内には茶室にある躙り口(にじりぐち)のような入口があり、実際に風船の中に入ることができます。
鑑賞者が風船の中に入ることで風船の高さも上がり、目に見えない空気の存在が可視化され、その存在を意識することができる作品です。
1階展示室の紹介
作品紹介④ ヤン・ヴォー|我ら人民は(細部)要素 #B7.2
世界中に散らばった自由の女神像より、アメリカの象徴としての自由が世界中に広まっていくことをこの作品は暗喩していて、その結果どうなったのか、どう捉えるかっていうのを訴えかけています。鑑賞者に対して「自由」とは何か、それををどう捉えるか、すごく考えさせられる作品です。
2階展示室の紹介
エレベーターから出たところにて、トリシア・ドネリーによる映像作品《Untitled》が迎えてくれました。こちらは移ろうような映像が延々と流れる作品です。
多くの作品の中から、ピックアップして作品を紹介します。
作品紹介⑤ ジョナサン・モンク|しぼんだ彫刻Ⅴ
この作品は、ジェフ・クーンズ氏の作品のパロディで、とても高値で落札されたことでも知られる氏の作品《ラビット》を、空気が抜けてしぼんだ形にて表現した作品です。
これは作家の現代アートに対する問題提起が含まれており、元ネタとなった作品を知ってるととても興味深い一作。しかし、元ネタを知らなくても、「これは何だろう?なぜこんなにしぼんでいるんだろう?風船ではなくステンレスで出来ている?」など、少し考えながら鑑賞すると、とても面白い作品です。
3階展示室の紹介
入口から左手の窓には、旭川と岡山城が一望できるビュースポット。
作品紹介⑥ フィリップ・パレーノ|My Room Is Another Fish Bowl
四隅に置かれた装置により、空間内に空気の流れを生み出して、あたかも魚が泳いでいるような光景が見られます。
また、鑑賞者が空間に入ることで空気の流れも変わるため、魚の動きに変化が現れます。ゆえに鑑賞者も作品の一部となって楽しめる作品です。
所在地:岡山県岡山市北区丸の内2-7-7
営業時間:10:00~17:00 ※最終入場は16:30
定休日:月~水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12月28日~1月3日)、展示替期間
料金:大人1,500 円 、18歳以下無料
駐車場:なし(近隣の有料駐車場を利用)
ラビットホール別館 福岡醤油蔵
明治時代に建てられた醤油蔵を改装し、2021年からはギャラリーとして使用されていましたが、ラビットホールの開業にあわせて「ラビットホール別館 福岡醤油蔵」としてリニューアルしました。
建物の紹介
展示室として使用されているのが主屋で、離れにはお茶のお店「SABOE OKAYAMA」が入居しています。
この建物のおもしろいところは、地下展示室内にある石垣により、建物の西側を南北に走る城下筋側が低くなっているため、城下筋側からみると地下が1階のようにみえるところです。昔は、この地下空間を利用して醤油作りをされていました。
現在開催中の展示会「ライアン・ガンダー:TOGETHER,BUT NOT THE SAME」について
あえて前回の展示のステートメントの上に、今回のステートメントが重ねて貼られていて、ラビットホールのコンセプトである「少しずつ形を変えながら展示を変えていく」部分にも通じますね。
館内に展示されている作品の中より、いくつかの作品を紹介します。
作品紹介① ライアン・ガンダー|A machine to send you some place else
その日付自体に意味があるものではないのですが、(刻印された日付と時間を見ながら)未来に思いを馳せたりとか、なぜこの日付なんだろうといったコミュニケーションが生まれたり、思考を促される作品です。
作品紹介② ライアン・ガンダー|2000 year collabolation (The Prophet)
声の主はライアン・ガンダー氏の愛娘(9歳)によるもので、内容はチャップリンの映画「独裁者」の演説の内容をアレンジしたものです。
見た目も内容もどこかシュールで、人気のある作品のひとつです。
作品紹介③ ライアン・ガンダー|Imagineering
広告代理店に依頼して作成した本格的なこちらのCMは、「想像力の大切さ」を訴えかける内容で、あたかもそれが国の施策のように作られています。
英国政府の施策であるように見せることで、ある意味、(皆んなが想像力を働かせてクリエイティブである)こんな国だといいよねという理想も含みつつ、氏の作品の特徴のひとつである「鑑賞者にも思考を促す」ことを体現化した象徴的な作品です。
また、床面に無造作に置かれたチラシ(Make everything like it’s your last - Maya)にも同様なことが書かれており、鑑賞者は自由に持ち帰ることができます。
【ラビットホール別館 福岡醤油蔵】
所在地:岡山県岡山市北区弓之町17-35
営業時間:10:00~17:00 ※最終入場は16:30
定休日:月~水曜日(祝日の場合は開館)
料金:大人1,000 円 、18歳以下無料
駐車場:なし(近隣の有料駐車場を利用)
おわりに
また、2025年9月26日(金)から11月24日(月・休)にかけて、岡山市中心部を舞台にした国際現代美術展「岡山芸術交流2025」が開催されます。
©Okayama Art Summit 2025
(左)撮影: Andrea Rossetti
フィリップ・パレーノ《Membrane》2024年
バイエラー財団(バーゼル)での展示風景
撮影:© Andrea Rossetti
(写真は城下地下広場)
他にも岡山市内を走るバス60台をLEDでライトアップする作品も展開されます。いつどこで出会えるかわからない不確実性もさることながら、バスに乗ることで鑑賞者も作品の一部となり、楽しむことができる作品です。
ジェームズ・チンランド《RAINBOW BUS LINES》2025年、CGイメージ ©James Chinlund
いずれの会場もラビットホールと近接しているので、合わせて回遊してみてはいかがでしょうか。