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風格漂う島の有力者の邸宅と樹齢約250年の巨木
平安時代の末期から真鍋島の有力者として栄えてきた真鍋家の旧邸宅です。明治初期に建てられた木造家屋の主屋は国の登録文化財に指定されており、書院造りの座敷を有します。軒先には岡山県内では珍しい樹木「ホルトノキ」があり、樹齢約250年。ホルトノキは熱帯~亜…

中和村との境界に近い山中にある江戸末期から明治20年代にかけて稼動した製鉄遺構。山内にはタタラ跡や作業小屋跡など一連の遺構がよく残っています。

津山市街の北西にある神楽尾城跡は、山頂の本丸から東側に平屋城、南東に津山城、南西に嵯峨山城が望めます。

東アジア情勢が緊迫した7世紀頃に築造されたと推定されています。発掘調査の結果、土塁線や一の木戸等の水門、石塁構造が確認されています。
備中成羽藩成立時に入封した山崎家治の次男で、讃岐国丸亀から旗本として戻った山崎豊治が、菩提寺として建立した桂厳寺境内には、豊治以降の歴代領主の墓石や供養塔が整然と並ぶ。また、本堂には御霊屋も併設されるなど,近世大名墓の形態を示す貴重な史跡である。
延喜元年(901年)に創建された真言宗の由緒ある古いお寺。約80枚の花鳥の彩色画からなる天井絵は、郷土の文人が寛政9年(1797年)に描いたもので、真庭市の指定文化財にもなっています。
江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
横穴式石室を持つ3基の後期古墳と奈良時代の火葬墓からなる墳墓群で、日本の葬制、墓制を知るうえで貴重な遺構です。

長い農耕の歴史の中で使われてきた道具や農民たちの生活を支えてきた民具などを展示しています。また、文献や古文書も展示しています。
土木学会推奨土木遺産にもなっている古き良き日本の原風景
鳴滝のすぐそばにある、石積みのつづら折り林道です。高低差約30mの難所を越えるためにつくられた道は幾重にもカーブが続いており、明治時代に建設された石垣が今も当時のままの姿で残っています。

4世紀後半ごろの築造。標高180mの丘陵部先端に位置する全長59.1m前方後円墳です。古墳時代の美作西部地域における重要な古墳です。
平安時代、花山上皇が備中国にご滞在された際、この地に伏見稲荷大社(京都府)を勧進されたのが始まり。戦国時代から歴代の備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきました。
宿場町時代の関門
1596年から1614年まで、幕府による国境警備にあたった惣門です。美作七駅の1つとして土居宿駅を定めた際に、東西それぞれの出入り口に設けられた関門は、1869年の関所廃止令により一度取り壊さた後、2001年3月に復元されました。門の造りは、高さ6m50cm、幅7m88cmの高…
飛鳥時代に創建された寺院跡で、塔の心礎は往時の位置に現存しています。出土した軒丸瓦は2種類が確認されていて、第1類は県内最古の飛鳥様式で、第2類は吉備式と呼ばれるものです。
藤原基房は関白藤原忠道に二男で、1172(承安2)年に関白になりましたが、平清盛と対立し1179(治承3)年に関白を罷免されこの地に配流されました。浄土寺の西側に関白屋敷があったと伝えられており、岡山藩主池田継政が建立した碑があります。
備中町出身の書道家「川上景年」氏の書道作品等650点を収蔵。展示・収蔵品の中で展示替えを行っています。

萱拭屋根の本坊が目印
嵯峨天皇によって創建された京都嵯峨野の大覚寺を大本山と仰ぐ、真言宗の寺院。本尊は、弘法大師作と伝えられる聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)で、1558~1569年に宝妙寺が創建された際に移され、現在に至るまで本尊として篤く信仰されています。
縄文から弥生時代の遺跡。特に縄文晩期にトチ、ドングリなどの食糧を貯蔵していた穴が残されており、当時の生活を知る貴重な遺跡として知られています。