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最も古い墳形を示す全長130mの大型前方後円墳。発掘調査により長大な竪穴式石室をはじめ、銅鏡など多数の遺物が出土しました。
瀬戸内海の大多府島に、池田藩によって元禄11年に築港された大多府港にある港湾施設です。2段に石を積んだ構造で、曲面形状になる堤の築造技術は一見の価値あり。随所に後世の補修が見られますが、現存する数少ない明治期前の港湾施設として大変貴重なものです。

美作市立英田図書館に併設している資料博物館です。英田地域の歴史を伺い知れる地元の方より寄与された歴史資料や文化財を1階・2階のフロアで展示しています。主に1階では石臼や水車など昔の農作業具、手回しミシンや蓄音機など生活用品を展示。2階には、英田地域で発…
赤磐市の遺跡から出土した縄文時代~奈良時代の考古資料を中心に展示。山陽団地の造成に伴う大規模な遺跡群の発掘調査により出土した分銅形土製品、雁木玉、環頭大刀、鏡をはじめ、備前国分寺跡から出土した瓦などを、写真やパネルで解説しています。

里庄町の歴史、民俗、産業等に関する資料(大原焼、農耕具、生活用具)を展示し、これまでの里庄町について紹介しています。また、仁科芳雄、小川郷太郎両博士に関する資料も展示しています。

【両山寺本堂】江戸中期に津山藩主森長盛公が寄進したといわれている本格的仏殿です。本堂は入母屋(いりもや)造りで、正面には唐破風(からはふう)造りの向拝(こうはい)が付いています。その向拝に施された、古風で美しい絵柄の「ひきまた」と「こうりょう」、木…

備中国分寺やこうもり塚古墳がある吉備路風土記の丘の一角で、歴史ロマンかおる地に立地。備中国分寺や鬼ノ城といった地域の史跡について説明したパネル展示をはじめ、かな書家で文化勲章受章者の故高木聖鶴氏の作品が常設展示されています。企画展や作品発表が行われ…

200年の歴史をもつ上級武士の屋敷
この武家屋敷は昔のままの姿を残している唯一の上級武士の家屋で(別名渡辺邸ともいう)、渡辺氏は家老格の名門で百六十石でした。老朽化のため昭和61年に修復した際に土蔵を展示館とし、武家に関する資料を展示しています。

弥生時代初めの頃の集落、水田が全国で初めて見つかった遺跡
現在の岡山県総合グラウンド一帯に広がる縄文時代晩期から弥生・古墳時代にかけての大規模な遺跡。昭和43年の発掘調査で、全国ではじめて弥生時代前期の集落と水田が一緒に確認されたことで大きな注目を集め、国指定史跡となりました。発掘調査に基づき復元された「津…

標高約100メートルの丘陵上に築かれた連郭式山城です。山頂を本丸として、いくつかの出曲輪で構成する南北約300メートルの縄張りとなっています。本丸跡西側石垣の一部に古い時代のものが残っています。『備前軍記』などによると戦国時代に宇喜多氏の居城となっており…

生涯学習センターと人と科学の未来館サイピア、県立烏城高等学校を併設した複合施設。正門からの縦線と、各棟を繋ぐ空中デッキの横線によるシンプルでわかりやすい設計となっています。建築家/完成年:芦原義信/1996年見学・撮影について:館内見学可能

歴史的立地を意識したモダニズム建築
津山城址内に建つ複合文化施設。建物2・3階の回廊部分には、日本の伝統的木造建築に見られる斗栱(ときょう)がコンクリートで取り付けられ、三層の軒を支える。軒先に向かって広がっていく架構は末広がりの城壁の石垣と対比が意識されています。建物を取巻く斗栱構造…

江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家で、主屋は宝暦10年(1760年)、蔵座敷は享和元年(1801年)に建築されました。主屋は二階建で、屋根は東西棟の茅葺き入母屋屋根2棟を平行に配置し、その間を直角方向の棟で繋いでいます。蔵座敷は切妻造り本瓦…

榧原山麓にある備前焼を焼いた室町時代から江戸時代の共同窯で、3基の窯(東側窯跡、中央窯跡、西側窯跡)と巨大な物原からなっています。東側窯跡は全長53.8m、全幅3~5m、傾斜角度17度の半地下式の登り窯で単房の窯としては国内で最大規模です。

旧山陽道を眼下に見下ろす高台にある中世の城址。井原で生まれた戦国時代の英雄、伊勢新九郎(後の北条早雲)が青年期を過ごした場所が、早雲を偲ぶ歴史公園として整備されています。山頂には「北条早雲生誕の地」の石碑が建っています。

本館は明治33年に建設されました。屋根部分は寄せ棟造りで、桟瓦ぶき、正面中央にある台形の塔屋にある時計台が印象的で、カーブを描く窓が異国情緒を醸し出しています。イタリア・ルネサンス様式を取り入れた外観は、当時のハイカラな雰囲気を今に伝えています。

江戸時代の土蔵造り米倉を改装し、1950(昭和25)年に開館しました。岡山県を中心とした吉備地方の、優れた文化を示す遺跡からの出土品を、旧石器時代から中世(備前焼など)にいたるまで展示しています。

室町時代の初期、信州戸隠神社から勧請した神社。古くは大鶴神社と称していました。祭神は天手力男之命と須佐之男命。5月中旬に行われるお田植祭、11月上旬の秋季大祭、12月上旬の霜月祭などのお祭りや初詣などのときには多くの参詣者でにぎわいます。神社全体が真庭…
静寂な境内が趣深い山上の寺
標高430mの山上にある寺で、老杉古柏も鬱蒼とした静寂な境内が情緒ある風情を醸し出しています。木山寺の創建は、遠く弘仁6年(815年)の初冬。高祖弘法大師が美作の地を訪れた際、木樵姿の翁がこの霊山に大師を導き、仏堂建立にふさわしい地であると説きました。この…

元漫才師「ちゃらんぽらん」、現在は画家の大西幸仁(雅号:太陽)さん。2016年に出身地の兵庫県尼崎市から岡山県矢掛町矢掛へ移住、 空き家を購入改修し、2017年7月に自宅兼アトリエを「太陽美術館」としてオープンしました。母屋とアトリエを兼ねた離れがあり、所蔵…

瀬戸内国際芸術祭の会場のひとつ、「宇野のチヌ」をはじめ、個性豊かなアート作品の数々が楽しめます。

1931年9月12日開業の、現在も開業当時の木造駅舎がそのまま使われています。また、以前はラッセル車の向きを変えるために使用されていた転車台があります。これは、使用されなくなり土中に埋まっていたのを、鉄道ファンの協力により掘り起こされたものです。

明治41年(1908)に竣工。設計は岡山県工師江川三郎八。木造平屋建、中央に八角形の遊戯室、その四方に保育室が取り付く梅鉢型平面となっています。幼稚園舎として全国で初めての重文指定を受けました。

江戸時代に建てられた大庄屋の屋敷で、母屋と2つの離れ座敷のほか、民俗資料展示室、蔵が設置されている学術的にも貴重な伝統建築です。歴史再発見の場として、また伝承、伝統、さらに新しい知的生産や学習・交流の場として利用できるよう整備されています。金~日曜…

ツツジや紅葉が美しく映える庭園
伝教大師最澄が入唐の際、立ち寄って開いた天台宗のお寺です。 次いで慈覚大師が秘密灌頂の道場としました。その後、平家滅亡と運命を共にした安徳天皇の御在所「穴泉の御所」が設けられしばらく滞在したといわれます。 寺域が広く、応天門を通り、杉や松がうっそうと…

950年の歴史をもつ備前加茂大祭の行われる境内にはその歴史を物語るかのように樹齢約500~600年ものスギ、ヒノキ、イチョウの巨木がうっそうと繁り、静かなたたずまいを今に残しています。

妹島和世作品「あしあと」は、「動物のような、生き物のような椅子をつくり、人間と一緒になってその場を楽しんでいるような空間をつくりたい」と妹島さんによってデザインされました。第1回の「森の芸術祭 晴れの国・岡山」で生まれたこの椅子は、彼女のデザインを…

牛窓オリーブ園に設置された『ランデブー』に続き、このたび二つ目のパブリックアート作品が牛窓の前島港に設置されました。その名も『The Reflective eye』という、目を意識した作品です。作者は岡山県内在住の現代美術作家である金孝妍(キム ヒヒョン)氏。新しい…

高梁市文化交流館2階に設置され、美術展示室・歴史展示室・市民ギャラリーがあります。美術展示室では収蔵品の公開や、高梁の歴史、ゆかりの芸術家の作品を紹介する特別展・企画展を年数回開催しています。また、歴史展示室は戦国から江戸時代末期までの備中松山城に…

造山古墳の前方部前面に位置する、墳頂約81m、後円部径約63m、同高さ7.4m以上、前方部長約25mからなる前方後円墳。造山古墳群を構成する6基の陪塚の一つで後円部には横穴式石室が2つあります。埴輪を並べた墳丘へ登ることができ、石室内部を見学できます。

白壁と張瓦のコントラストが見事な歴史的建造物
本陣の予備にあてられた建物です。当時、宿場の両替商で庄屋役でもあった髙草家が選ばれました。特に白壁、張瓦の堅固な建築様式が美しいのが特徴です。本陣から400mの場所にあり、本陣と共に国の重要文化財に指定されています。

茶臼山公園の桜花と片上湾の展望は見ごたえがあり、さらに公園から御滝山真光寺にかけての景観も見事です。

古い醤油蔵跡を使ったホール・ギャラリー
醤油蔵を改修し、文化を醸造する“はぐくむ”という意味を込めて「ひしお」と名付けられました。木をふんだんに使い、古い瓦を再利用して白壁のモダンな外観です。館内の「ひしお喫茶」では、お食事や手づくりスイーツを楽しめます。

尼子氏に従って美作に入った草苅氏が天文2(1533)年に築城。城郭の範囲は、東西1.6km、南北0.5kmで、県内最大級の規模。天正12(1584)年に草苅氏が退城するまで約50年間一度も落城しなかったという。石垣、土塁、堀切等の遺構が確認される。

7つの大テーマで地質時代から現代までの歩みを展示
津山は美作国府・国分寺や津山城が所在するなど、古代から近世まで一貫して美作の政治・経済・文化の中心地として繁栄してきました。特に、1603年森忠政(もりただまさ)が美作18万石余に封ぜられ、まもなく津山城を築いてからは城下町として独特の文化を育んできまし…

城下町津山の西寺町を東西に走る旧出雲街道に面して建つ愛染寺。鐘楼門の両脇に仁王堂が付属している珍しいもので、鐘楼門及び仁王堂は岡山県指定文化財建造物に指定され、仁王像は津山市指定文化財彫刻にも指定されています。

地下に眠る遺跡と県出身アスリートの資料館
岡山県総合グラウンドの地下には、縄文時代から近代にかけての複合遺跡である津島遺跡が眠っています。昭和46年に一部が国指定史跡に指定されました。さらにその後の発掘調査の結果を受けて、平成14年に史跡の範囲が拡大され、現在に至っています。発掘調査で出土した…

造り酒屋として江戸時代に創業した旧家武藤酒造場を改修した施設で、往時の歴史的景観を守り、新しい文化の創造とともに伝統を未来に伝える拠点としてよみがえらせた建物です。

