観光スポット
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池に映える朱色の鳥居と紅葉が美しい
創建は奈良時代は天平勝宝年間、この地で山岳修行をしていた報恩大師によるものとされています。雨乞いの神である竜神様、八大龍王と、豊作の神であるお稲荷様、最上稲荷が渾然一体となった民間信仰の霊場でした。宗派は、かつて天台宗であった時期があり、日蓮宗に改…

自然豊かな鏡野町を象徴するヤマセミをモチーフとした高さ6.5mにもおよぶ台湾出身のアーティストのジェンチョン・リョウの大型彫刻作品。第1回の「森の芸術祭 晴れの国・岡山」で生まれたものです。山間部の渓流に生息するヤマセミは鏡野町のシンボルとして町の鳥に…

脇本陣・木代邸は出雲往来の宿場として栄えた新庄宿で脇本陣をつとめた家です。屋号は「向馬場屋」と称し、江戸時代の終わり頃に建てられた幕末を代表する建物で、三列六間取りの大規模家屋です。新庄村指定の文化財で、一般開放しています。

1階展示室ではこれまでの発掘調査で出土したものの中から、厳選した約400点の出土品を常設展示しています。さらに、その一角では定期的に企画展示も行っています。企画展示はテーマを設定して年数回行っています。

「米つくり」を通して時代の変化を理解できるよう、模型や写真パネルなどに多くの工夫を凝らしています。また、出土した土器の整理作業の様子を見学することもでき、隣りには史跡公園の弥生住居跡があります。

先陣の功をあげた佐々木盛綱が修復し、源平合戦にまつわる古跡が数多く残されています。また、藤戸寺には鎌倉時代中期の石造五重塔があるほか、初夏の頃には「平家物語」で有名な沙羅双樹の花が咲くことでも知られています。

大正12年築の木造洋風建築物
昭和20年の空襲による焼失を免れた数少ない建物で、窓枠や内装の一部が改修されているものの、外観や構造等はほとんど手を加えられておらず、建築時の状態を残しています。構造は、木造3階建で、寄棟造・スレート葺(一部鉄板葺)の屋根は3階部分で腰折風に処理する。…

瀬戸内市民図書館もみわ広場には、瀬戸内市が誇る国際的な糸操り人形作家、竹田喜之助を顕彰する「喜之助ギャラリー」や、地域郷土資料スペース「せとうち発見の道」などがあります。(写真 中川正子)

天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…

吉備平定のため派遣された吉備津彦命の射た矢と鬼ノ城にいた鬼神の温羅(うら)が投げた岩がぶつかり、ともに喰らい合い落ちたといわれる伝承がある社。温羅と呼ばれた鬼と吉備津彦命が戦った際に、温羅が投げた岩が吉備津彦命が射た矢とぶつかり、落ちた場所という言…

倉安川吉井水門は、岡山藩主・池田光政が津田永忠に命じて、1679年から約1年をかけて完成させた倉安川を利用し、当時、岡山藩が干拓した新田へかんがい用水を供給するために造られました。また、吉井川を下る高瀬舟を直接岡山城下へ導くための取入口の水門としても利…

本丸、二の丸、三の丸と、段重ねのケーキのように彫りが鋭く、中世城砦の名残を色濃くとどめる城址です。また、遠藤周作氏の小説「反逆」の舞台としても有名です。

建物は大正10年に妹尾銀行林野支店として建築されたもので、ルネサンス様式をとり入れた美しい外観。
雪舟像や国宝指定作品6点の陶板画などを展示。雪舟について見て学べるほか、憩いの広場も利用できます。多目的広場ゾーンでは、桜やモミジを植樹しており、自然の中でゆったりとした時間を過ごせます。展示交流施設では、雪舟の生涯や功績などを紹介しています。時期…

ホールを中心とした近代的な公民施設。軒高を抑えて設計されているほか、外壁は白壁と小さな窓、倉敷格子、貼瓦などで倉敷美観地区の伝統的な街並みを意識して建てられました。固定席387席の大ホールは講演会に、展示室は美術・工芸などの展示に適しています。建築家…

吉備中山の山頂付近にある前方後円墳
吉備中山の山頂付近にある約120mの前方後円墳です。都月型円筒埴輪が吉備津神社に伝わるものの、宮内庁の管理下にあるため詳しく観察することができません。大吉備津彦命墓(おおきびつひこのみことのはか)と呼ばれています。

昭和61年に設置されたもので、勝山町並み保存地区の中央に位置しています。館内には二万三千石の城主三浦家に関する資料、商家に関する資料、民俗資料などの展示室があり、作西の中心、出雲街道の要衝の地として栄えてきた城下町勝山の歴史を知ることができます。また…

郷土出身の横内正弘氏(故人)から寄贈を受けた美術品約350点をもとにオープンし、現在では、1,100点余りの作品を収蔵しています。その中心となる文人画家・富岡鉄斎の作品約80点は高い評価を受けています。その他、近・現代の日本画、郷土ゆかりの洋画家や工芸家の作…

吉備中央町出身で日本を代表する庭園研究家である重森三玲を顕彰する記念館です。『永遠のモダン』ということばがよく似合う重森氏は、庭園学・作庭を独学で学び、日本各地に力強い石組と枯山水が特徴的な斬新な庭園を数多く残しています。記念館には「日本庭園史大系…

沼城は、天文初年頃に中山信正によって築かれた。信正は、金川城の松田氏、後に天神山城の浦上宗景に仕えた。永禄2年に宇喜多直家によって城は奪われ、直家は居城を新庄山城から沼城へと移した。直家はここを拠点に、備前・美作・備中へと勢力を拡大した。

江戸時代中期から後期にかけて、百二十石から百五十石取りで、近習役や番頭役などを勤めた武士の住宅である。江戸中期の建築として平屋建て、桟瓦葺き、箕甲・入母屋造りで大ぶりな三ッ花懸魚を取付け、玄関には幅二間の式台を設け、玄関の間の正面には一間半の棚を設…

桜井宮覚仁親王と冷泉宮頼仁親王が、隠岐で亡くなった父君である後鳥羽上皇の一周忌供養のために、1240(仁治元)年に建立したものと伝えられています。

武家屋敷・旧折井家のある石火矢町は、両側に土塀が続き、格式のある門構えの家並みが見られ、岡山県指定の「石火矢町ふるさと村」の一角にあります。この建物は今から170年前天保年間に建てられたもので、200石前後の武士が住んでいた建物です。母屋と長屋門からなり…

三重県の朝熊山・金剛證寺と福島県の霊厳山・圓蔵寺とともに「日本三所虚空蔵菩薩」と称されている。源氏・北条氏・足利氏など遠方より寄進し信仰したと伝えられ、近世では大阪商人達が商売繁盛を願って寄進し参詣したという。また、子どもの生まれて初めての厄除け『…

ベンガラは赤色顔料として宝永4(1707)年に吹屋で開発され、特産地として栄えました。ベンガラ館は明治の頃のベンガラ工場を復元したもので、当時の製造工程を紹介しています。

812(弘仁3)年弘法大師の創建と伝えられる古刹で、江戸時代には、松山城主水谷氏の外護を受け、京都仁和寺の中本寺として栄えました。雲海がたなびく標高500mの山上にあり、平安時代の山岳仏教の姿を色濃く残しています。
1759年の創業以来200年余に渡って弁柄(ベンガラ)の製造・販売を手がけてきた。現在でも弁柄が栄えた江戸時代末から明治時代の屋敷構えを残しており、吹屋の町並景観で欠くことのできない存在となっている。

本館は明治33年に建設されました。屋根部分は寄せ棟造りで、桟瓦ぶき、正面中央にある台形の塔屋にある時計台が印象的で、カーブを描く窓が異国情緒を醸し出しています。イタリア・ルネサンス様式を取り入れた外観は、当時のハイカラな雰囲気を今に伝えています。

石山は慶長8(1603)年、森忠政の津山城築城にあたり最初に石を切り出したところです。この寺は、石材の切り出し中死んだ人を弔ったり、工事の安全を願って建てられたと言われています。寺の周囲には石切場跡があり、今だ岩肌にはノミの痕が残っています。

寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

江戸から昭和初期にかけての建造物が残っていた古民家、東大橋家住宅の母屋と4つの土蔵、中庭を全面改修した観光・文化施設で、多目的ホールなどを備えています。

体のしくみについて学ぶ
現代の医学・医療に関することをわかりやすく展示してある、世界的にも珍しい博物館です。からだのしくみや、病気の予防などを、子どもから大人まで、クイズ形式やゲーム感覚で見学できます。展示はパネル以外にも、骨や臓器の模型、病院で使っている本物の医療器具(…

江戸時代に建てられた大庄屋の屋敷で、母屋と2つの離れ座敷のほか、民俗資料展示室、蔵が設置されている学術的にも貴重な伝統建築です。歴史再発見の場として、また伝承、伝統、さらに新しい知的生産や学習・交流の場として利用できるよう整備されています。金~日曜…

横溝正史が70年以上前の疎開中に家族とともに暮らした家が、当時のたたずまいのまま保存されています。疎開宅から井原鉄道川辺宿駅までは、小説にまつわる見どころがあちこちに点在する名探偵金田一耕助ミステリー遊歩道が整備されています。

金太郎のモデルが葬られた場所
童話などで知られている金太郎は、源頼光の四天王として活躍した坂田金時(さかたのきんとき)がモデルとされ、金太郎は坂田金時の幼名です。静岡で生まれた坂田金時は、九州へ向かう途中寒さと雪に阻まれ、現在の勝央町にしばらく滞在しました。その際に、金時は重い…

奈良時代に建てられた備前48ヶ寺のひとつ
奈良時代孝謙天皇の勅願で報恩大師の建てた備前48ヶ寺の1つとの寺伝を持っています。

日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。

古くから瀬戸内海航路の要衝として栄えた港町
倉敷市南部に小高い山々を連ねて横たわる児島半島の、南端に位置する下津井。江戸から明治の中頃にかけて北前船で栄え、現在は漁業の町として知られる港町です。祇園神社の参道付近から東の田之浦に続く旧道沿いは、本瓦葺きの屋根や土蔵など古い町並みが残る県の町並…

早島に伝わる花ござ手織り技術を学ぶ
早島伝統の花ござ手織り技術を保存継承する伝承館。手織り機を用いた花ござの制作のほか、ミニ機を用いて地元の小学生などに手織りの体験教室を開催しています。

江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家で、主屋は宝暦10年(1760年)、蔵座敷は享和元年(1801年)に建築されました。主屋は二階建で、屋根は東西棟の茅葺き入母屋屋根2棟を平行に配置し、その間を直角方向の棟で繋いでいます。蔵座敷は切妻造り本瓦…
