観光スポット
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今に残る回船問屋の建物を当時に近い形で復元した資料館
明治時代の回船問屋の建物を復元した資料館で、当時の商家の様子が伺えます。下津井にまつわる資料の展示や地元特産物の販売所、食事処もあります。

コンクリートの壁と自然が調和した美術館
高梁市成羽美術館は、郷土出身の洋画家 児島虎次郎の遺徳を顕彰するとともに市民に親しまれる美術館を目的に、1953年開館しました。現在の美術館は1994年、3代目として現在地に新築開館しました。地下一階地上二階のコンクリート打ち放しの建物で、展示室のほかに流…

プラネタリウムや太陽観測など、身近な宇宙を体験
最新鋭のプラネタリウムでまるで本物のような美しい星空を見ることができるほか、天体に関する様々な展示品により身近な宇宙を体験できます。隣接地には、アジア最大級の3.8m新技術望遠鏡を備えた京都大学岡山天文台や日本最大級の口径188cmを誇る反射望遠鏡を備えた…

カフェやギャラリーを併設
1917(大正6)年築の中島病院旧本館です。木造2階建てで正面にドームを配し、屋根や窓の細かい装飾が特徴の欧風建築です。カフェやギャラリーが併設されており、ノスタルジックな雰囲気が楽しめます。館内での撮影も可能です。

大正ロマンを感じさせるルネサンス調のデザイン
明治42年に旧土居銀行として建築された建物を改修し、津山市を中心に作州一円で作られている民芸品、郷土玩具などを展示しています。2階には城西地区の歴史を物語る資料を展示し、広く城西地区を紹介しています。

大正建築のレトロなレンガ作りの建物とアートが融合
県指定重要文化財「旧妹尾銀行林田支店」の美しい建築を活用し、芸術文化の創造・発信拠点となるアートギャラリーとして整備されました。銘木が使われている木造本館や赤レンガ倉庫など大正時代の重厚な空間を体感しながら、展覧会を通じて多彩なアートに触れることが…

備前焼のルーツ「須恵器」の里で「見て」「体験して」「感じて」 周辺陶芸家の作品展示販売も!
寒風陶芸会館では、陶芸の楽しさを体験していただける体験教室を常時開催。日常使いの陶器から本格的な備前焼まで様々な作陶体験をご用意しており、1名様より100名前後の団体様まで受け入れ可能です。また、展示室には昭和の初期より古窯跡群の調査、研究を行った地元…

本源寺は慶長12(1607)年建立された津山藩主森家の菩提寺。装飾性あふれる霊屋と表門は、寛永16(1639)年の建立で、江戸前期の霊廟建築として貴重である。霊屋背後には森忠政等の大型五輪塔墓があり、石敷の参道や石灯籠とともに、津山藩主一門の菩提所としての威厳…

山陽と山陰を結ぶ出雲街道の重要な宿場町として栄えた地区
新庄は、江戸時代、松江藩主松平家の本陣が置かれるなど、山陽と山陰を結ぶ出雲街道の重要な宿場町として栄えました。町並みの両側には清流豊かな水路が整備され、また日露戦争の勝利を記念して植えられた桜の木が伝統的な建物とみごとに調和して美しいたたずまいを見…

岡山の新たな文化・芸術創造拠点
最大298席のレイアウトフリーの多目的ホールに、公文庫を改修したカフェを併設。講義会場としてはもちろん、文化・芸術の発表にも使えます。ケータリングサービスを利用してのパーティーも可。金庫棟にはギャラリー、スタジオ、会議室などもあり。【旧日本銀行岡山支…


宗忠大神(黒住教の教祖 黒住宗忠)を、生誕の地である岡山市北区上中野(通称・大元)に祀った神社です。学徳向上、家内円満、病気平癒、事業繁栄の開運の神様として知られています。毎年4月に行われる「御神幸」は、御鳳輦を中心に千余人が延々1キロにわたる絢爛華…

時代とともに増改築された変化に富む町家
城東地区は、津山城跡の東側を南北に流れる宮川の左岸地区の城下町です。平成25年に重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されました。吉井川の北岸の川と並行して延びる出雲街道沿いに町人地が形成され、その一角に城東むかし町家があります。

江戸時代後期の作られた見事な作りの本堂
715年、行基菩薩により本宮山山頂に正法寺として開創され、鎌倉時代中期の大火により現在の地に移築再建されました。その後、一時は塔中14ヶ坊、末寺6ヶ寺をもつほどの隆盛を極めましたが、江戸時代に2度の大火にあい、現在の本堂は1846年に再建されたもの。天井には…

「ゆるぎ岩」と呼ばれる、受験生に人気のパワースポット
赤磐市惣分地区にある「岩神神社」は、拝殿奥に祀られる巨石群を御神体として、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祭神としています。御神体は約5メートルの巨石がわずかな支点で支えられ、落ちそうで落ちないことから「ゆるぎ岩」と呼ばれています。これだけ大きい…

おかやま山陽高校所有の海の家(通称ホワイトハウス)をイヌ小屋に見立てて造形家・川埜龍三(かわのりゅうぞう)が行う「犬島ハウスプロジェクト」。「犬島の島犬」はその一環として作られた奥行5m10cm×高さ3m×幅2m40cmの巨大な犬の彫像。犬島の番犬とし…

元漫才師「ちゃらんぽらん」、現在は画家の大西幸仁(雅号:太陽)さん。2016年に出身地の兵庫県尼崎市から岡山県矢掛町矢掛へ移住、 空き家を購入改修し、2017年7月に自宅兼アトリエを「太陽美術館」としてオープンしました。母屋とアトリエを兼ねた離れがあり、所蔵…

街角のランドマークとなる信用金庫
おかやま信用金庫創立100周年を記念して、発祥の地に建てられました。数々の世界的な賞を受賞した安藤氏の設計で、シンボリックな建築物でありながら、北側の壁面にガラスを多く用い、隣接する旧日本銀行岡山支店を借景として取り入れています。3階まで吹き抜けのエレ…

熊野神社は、修験道の始祖である役行者の弟子たちが開いたと言われる神社で、社殿が6棟建ち並び、その壮麗さに圧倒されます。第二殿が国の重要文化財に、そのほかの殿が県の重要文化財に指定されています。

奈良時代に建てられた備前48ヶ寺のひとつ
奈良時代孝謙天皇の勅願で報恩大師の建てた備前48ヶ寺の1つとの寺伝を持っています。

3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる伝説の残る神社
その昔、3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる「星尾降神伝説」の残る神社で、別名「星の宮」と呼ばれています。全国からたくさんの七夕短冊が届けられ、毎年「七夕祈願祭」で焚き上げて天へ願いを届けてくれます。

片目を射られた温羅の目から噴き出す血で真っ赤に染まったと言われる川
吉備津彦命が放った2本の矢のうち1本が温羅の左目に命中し、温羅の目から噴き出す血で清流が真っ赤に染まったと言われています。

江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家
江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家で、主屋は宝暦10年(1760年)、蔵座敷は享和元年(1801年)に建築されました。主屋は二階建で、屋根は東西棟の茅葺き入母屋屋根2棟を平行に配置し、その間を直角方向の棟で繋いでいます。蔵座敷は切妻造り本瓦…

江戸時代中期から後期にかけて、近習役や番頭役などを勤めた武士の住宅
江戸時代中期から後期にかけて、百二十石から百五十石取りで、近習役や番頭役などを勤めた武士の住宅である。江戸中期の建築として平屋建て、桟瓦葺き、箕甲・入母屋造りで大ぶりな三ッ花懸魚を取付け、玄関には幅二間の式台を設け、玄関の間の正面には一間半の棚を設…

1759年の創業以来200年余に渡って弁柄(ベンガラ)の製造・販売を手がけてきた。現在でも弁柄が栄えた江戸時代末から明治時代の屋敷構えを残しており、吹屋の町並景観で欠くことのできない存在となっている。

「太平記」に記された「福山合戦」の地として有名。この城を中心に、新田義貞の武将・大井田氏経の軍と東上する足利直義(足利尊氏の弟)の大軍との間に激しい攻防が行われ、その戦いは三日三晩続いたといわれています。

中国西安市に吉備真備公の記念碑が建立されたのを記念して造られた、古代中国風の公園です。中国にいるような雰囲気を楽しみながら散策ができます。園内の「たけのこ茶屋」では食事やお茶を楽しめるほか、地元農産物、工芸品の販売なども行われています。

ホールを中心とした近代的な公民施設。軒高を抑えて設計されているほか、外壁は白壁と小さな窓、倉敷格子、貼瓦などで倉敷美観地区の伝統的な街並みを意識して建てられました。固定席387席の大ホールは講演会に、展示室は美術・工芸などの展示に適しています。建築家…

最大354名収容可能なホールや、控え室としても使用可能な会議スペースを擁する施設です。7枚の屋根が集まってできる多様な空間・外観は、世界的建築家ユニット「SANAA(サナア)」による設計で、白を基調としたガラス張りの開放的な空間が広がります。学術および文化…

ご祭神は、昔話「うらしまたろう」の乙姫様
ご祭神は豊玉姫命こと竜宮城伝説(うらしまたろうが出てくる昔話)の乙姫様です。昔、玉比咩神社のあたりは入江となっており、その境内にある「立石」と言われる巨岩は珍しく、人々は舟をとめ、しばしばここへ訪れました。この立石から、ある夜、火の玉が三つ飛び出し…

日本でも珍しい、ブリキ、陶器、鉄などさまざまな貯金箱の博物館です。犬の資料館やおもちゃ博物館も併設しています。

日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。

出雲街道の「美作七駅」の一つ
勝間田は、津山藩主の本陣、勝山・松江藩主の本陣と二つの本陣が指定された一大宿場町でした。

毎年4月下旬~5月上旬に「ぼたん・シャクヤク祭り」を開催。
寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

江戸時代に岡山藩で起こった「渋染一揆」に関する資料を展示
江戸時代に岡山藩で起こった「渋染一揆」に関する資料を展示する資料館です。

「くらしき宵待ち GARDEN」内に開設された、「吉備と出会う 吉備に恋をする」をコンセプトにした文化施設。白壁の映える町家風のミュージアムで、備前焼、刀剣、江戸時代の書、近現代の絵画など、郷土ゆかりの作品を展示しています。心躍る知的探検に加え、風そよぐ…

中世の美作の政治の中心地だった、国指定の史跡
中世の美作の政治の中心地で、院庄の館(いんのしょうのやかた)だった国指定の史跡です。鎌倉時代の末頃、後醍醐天皇が隠岐に流される途中にこの館に泊まり、その際児島高徳が館の庭の桜の幹を削って十字の漢詩を書いて天皇を慰めたという故事により、明治2年に創建…

900年の悠久の時を生き、時代の変遷を見守り続けてきた大イチョウ
古びた本堂や素朴な石積みが、うっそうとした杉木立に囲まれ、千数百年の霊地としての風格が漂っています。浄土宗知恩院派の寺院で、浄土宗の開祖・法然上人が幼年時代に修行した寺として知られています。もとは法相宗の寺で、奈良時代に行基が開いたとも、持統天皇の…


岡山県下最古の木造塔建築!
明徳年間(1350年頃)に真言宗の寺院になった長福寺は、奈良時代(757年)、唐の高僧鑑真和尚が開基したと伝えられています。当初は真木山(まきさん)の山頂にありましたが、度重なる火災により、昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。高さ約…
