観光スポット
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サンドラ・シント氏と奈義町の子供たちによる共同制作の作品
2025年9月上旬頃から奈義町立図書館に設置される「未来のための宇宙論」は、サンドラ・シント氏と奈義町の子供たちと共同で新作の壁画が制作されました。第1回の「森の芸術祭 晴れの国・岡山」で生まれたものです。図書館の利用時間内であれば、どなたでも観賞するこ…


1533(天文2)年に法印精良上人が開山し、1692(元禄5)年に現在の場所に移転しました。1812(文化9)年の大火で本堂を焼失しましたが、弘法大師自作28体のひとつとされている大師像は自ら本堂より抜け出て難を逃れたといわれています。その夜、眼に火傷を負った僧侶…

元漫才師「ちゃらんぽらん」、現在は画家の大西幸仁(雅号:太陽)さん。2016年に出身地の兵庫県尼崎市から岡山県矢掛町矢掛へ移住、 空き家を購入改修し、2017年7月に自宅兼アトリエを「太陽美術館」としてオープンしました。母屋とアトリエを兼ねた離れがあり、所蔵…

新幹線の新大阪~岡山間開通を機に開店した百貨店。プレキャストコンクリート製の白く細長いパネルと小さな窓、バルコニーによって優雅さとゆとりが感じられます。建築家/完成年:村野藤吾/1973年見学・撮影について:店頭のみ見学可能

最も古い墳形を示す全長130mの大型前方後円墳。発掘調査により長大な竪穴式石室をはじめ、銅鏡など多数の遺物が出土しました。
曹洞宗の寺院。廃寺状態だったこの寺の復興のため、現住職の岩垣正道(しょうどう)さんがはじめた趣味の版画を襖に貼ったのをきっかけに、今では襖絵、天井絵、掛軸など約300点あまりを展示し「版画寺」として有名になっています。日本だけでなく、ロンドンやニュー…

原子物理学の父ともいわれる仁科芳雄博士の遺品類に接するとともに、展示器材を通じ好奇心を養うことができます。

吉備高原の純農村風景
鎌倉中期、本宮山にあった円城寺が移転。門前には酒屋や雑貨屋、宿屋が軒を連ねていました。茶屋があり、郷土料理「くさぎ菜のかけめし」を味わえます。

中世の美作の政治の中心地だった、国指定の史跡
中世の美作の政治の中心地で、院庄の館(いんのしょうのやかた)だった国指定の史跡です。鎌倉時代の末頃、後醍醐天皇が隠岐に流される途中にこの館に泊まり、その際児島高徳が館の庭の桜の幹を削って十字の漢詩を書いて天皇を慰めたという故事により、明治2年に創建…

標高60メートルほどの里山に位置し、一山一寺多院制の貴重なお寺
上寺山 餘慶寺は、愛山護法の思いを持って、善い行いを積み重ねてきた歴史あるお寺。愛山とは、お山を大切にしますという意味が込められており、ここでいう山はお寺の山号さんごうのことで、餘慶寺では「上寺山」となる。護法とは、私たちの人生の大切な道しるべであ…

茶臼山公園の桜花と片上湾の展望は見ごたえがあり、さらに公園から御滝山真光寺にかけての景観も見事です。

土俵が四角いため、角土俵と呼ばれています。国内に現存し、使用されている唯一のものとされ、「角力」と書いて「すもう」と読みます。毎年隣接する小学校の小学生により、角力大会が奉納されています。

739年に創建されたお寺。約1,500坪ある境内は、周囲を120mに及ぶ石垣と城壁のような白壁に囲まれ、「白鷺が羽を広げたような」偉容を誇っています。
岡山県の記録を伝える重要な公文書・古文書・その他の資料(記録資料)を収集・保存し、利用を図ることを目的とした施設です。

一山一寺多院制を今に伝える竹久夢二ゆかりの古刹
低い丘陵地帯に鎮座する静円寺は真言宗の寺院。730(天平2)年、行基による創建とされています。その後、報恩大師によって備前四十八カ寺に選ばれた名刹。桃山時代に再建され、1688~1704年(元禄年間)に現在の地に移転されました。かつては33坊の大伽藍でしたが、火…

国の重要文化財に指定されている宝塔は、総高約4m。花崗岩製。南北朝時代の貞和2年(1346)の造立。石造宝塔としては県下最大のもの。

前方後円墳。墳頭には約2m×0.9mの家形石棺が剥き出しの状態で置かれています。1907年(明治40年)に鏡、刀、勾玉、管玉などが多数発見され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。

岡山市撫川にある、県指定史跡。約30アールの城跡の北側と西側には完全な石垣が残り、水をたたえた濠が周囲を取り巻いていて、戦国時代末期の沼城の跡を留めています。

江戸中期の建築といわれる風格ある造りや構えの屋敷
備中松山藩主に諸役として仕えた柚木家の旧宅。江戸中期の建築といわれ、藩主お成りの屋敷でもあった風格ある造りや構えには格別の趣が見られます。また幕末に朝敵となった藩の全責任を負い、藩老熊田恰(くまたあたか)が自刃した屋敷でもあります。

360度眺望!「水見やぐら」が印象的
本陣・脇本陣を雰囲気を生かした町家風の美術館です。矢掛町出身の田中塊堂(書家)、佐藤一章(洋画家)の作品及び郷土資料の展示をしています。高さ16mの水見櫓は町のシンボルとなっています。平成2年開館。

民俗・文芸・セラミックス・企画の4つのテーマからなっています。民俗室は、昔の人が生活に使っていた道具(行灯やランプ、石臼など) を展示して、人々がどのような暮らしをしていたかを紹介しています。文芸室は、備前市出身の作家正宗白鳥(文化勲章を受章)や白鳥…

標高200mを超える山頂にある本殿
起源については不明ですが、奈良時代には社が存在したと伝えられています。一時廃社同様になりましたが、江戸時代、岡山藩主池田光政の崇敬により再興しました。明治以降参拝者は次第に増加し、家内安全・厄災消除、武運長久の神社として、岡山県内のみならず、近県の…

江戸時代の会陽の宝木や観音院本堂の模型、天保年間に観音院の改修した床材、天満屋ののれん、商家の看板、薬屋の百味タンス、そろばん、銭入れ、お菓子の型、切り絵図、西大寺地域から出土した土器などの関連資料を収蔵展示しています。

戦国時代、備前松田氏の本城として整備
戦国時代に備前松田氏の本城として整備されたと伝わっています。縄張りは県下の山城の中でも1~2番目に挙げられる大規模なものです。江戸時代初期の元和元年(1615)に幕府の命令で壊されましたが、本丸跡付近には井戸が残っており、「天主の井戸」は直径約8m、深さ約…

現代縄文アートの日本唯一の美術館
縄文造形(生命と魂のデザイン)による現代縄文アート作品を展示。豊かな自然に囲まれた美術館内は縄文造形の第一人者猪風来による代表作や新進作家村上原野らの縄文スパイラル作品など200点以上を常設展示。作品を通して、この天地の自然や大宇宙に感応し響き合う力…

出雲往来の一里塚として津山藩初代藩主の森忠政によって築造されたもので、県下に現存する数少ない一里塚として県指定文化財に指定されています。
松連寺真言宗御室派仁和寺の中本寺で、本尊は大日如来。現在の寺は明暦3年(1657)、市内奥万田より備中松山藩主・水谷伊勢守勝隆により移築されたものです。武家諸法度で城の新築は禁止され修理も難しい時代に、城の砦として築いたことは、城郭づくりそのままの石垣…

和銅7(714)年6月に開創されたお寺です。昔は鏡野町にありましたが、森忠政が津山城築城のとき、聖徳太子が諸国を遊化され立ち寄られた場所といわれる津山市小田中に移りました。正保年間に、当時の快映上人は四天王寺に詣で太子を拝見し、微妙の尊像を彫刻し御頭に…

造り酒屋として江戸時代に創業した旧家武藤酒造場を改修した施設で、往時の歴史的景観を守り、新しい文化の創造とともに伝統を未来に伝える拠点としてよみがえらせた建物です。

津山市一宮にある中山神社の奥にあるのが「猿神社」です。今昔物語26巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在、猿田彦神として祀られています。牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今もなお、ぬいぐるみの小猿を奉納する風習が残っています。

35年かけて集められた約3,500羽のふくろうが並ぶ、吉備路の小さな美術館です。自宅を改装した和める雰囲気の館内では、張り子で作られたおきあがりふくろうの絵付けが楽しめます。所要時間は最短で10分程度です。

「たまごかけごはん」を全国に広めた立役者
日本の新聞界の先駆者として、また、辞書の編纂・目薬の調剤など多彩な分野で知られた岸田吟香に関する資料を展示している記念館です。美咲町旭文化会館内にあります。また、美咲町が展開する「たまごかけごはん」ストーリーの主役で、「たまごかけごはん」をこよなく…

古墳時代の美作に君臨した豪族を知る
吉井川と吉野川の合流点を見下ろす、海抜約320mの山の頂にある4世紀末~5世紀初頭に築造された、径59m、高さ9mの円墳です。発掘調査の結果、多数の副葬品が出土し、古墳時代に美作の一角に君臨した豪族をうかがう貴重な資料となっています。
鎌倉時代末期の13世紀に創建された西身延(にしみのぶ)と呼ばれる古刹。日蓮宗西国布教の拠点となりました。本堂は、県の重要文化財に指定されており、境内の番神堂は、国の重要文化財に指定されています。

春には神社までの約1kmの参道を、美しい桜並木が彩ります
古くは天磐座(あまのいわくら)、十二所権現社ともいわれた歴史ある社。春には神社までの約1kmの参道を美しい桜並木が彩ります。

5世紀後半に造られた前方後円墳で、造山古墳(岡山市)、作山古墳(総社市)に次いで県内3番目の大きさを誇ります。墳丘の周囲は一部が埋没して水田化しているものの水をたたえた周濠(しゅうごう)が巡っており、農業用のため池として改修・再利用されてきました。現…

「加子浦」は公用船や海路を行く参勤交代の諸大名の通船へ、水や薪を供給したり、加子役(船をこぐ者)を勤める、労役を課された浦のことです。館の名は江戸時代に加子浦に指定された日生の歴史に由来しています。資料館は兵庫県の港町室津で本陣職を務めていた筑前屋…

美作河井駅~知和駅間に架かる石造りの鉄橋で、その橋を通る列車との風景は鉄道ファンにとって絶好の撮影スポットです。
