観光スポット
カテゴリやエリアで検索しよう!
カテゴリやエリアで検索しよう!
「加子浦」は公用船や海路を行く参勤交代の諸大名の通船へ、水や薪を供給したり、加子役(船をこぐ者)を勤める、労役を課された浦のことです。館の名は江戸時代に加子浦に指定された日生の歴史に由来しています。資料館は兵庫県の港町室津で本陣職を務めていた筑前屋…

岡山市撫川にある、県指定史跡。約30アールの城跡の北側と西側には完全な石垣が残り、水をたたえた濠が周囲を取り巻いていて、戦国時代末期の沼城の跡を留めています。

県指定重要文化財の足守藩家老・杉原家の居宅
もと足守藩家老の杉原氏の住居。江戸時代中期の武士の書院造り住宅遺構として貴重なものです。

熱心な日蓮宗徒であったと伝えられる浮田土佐守こと宇喜多忠家が、天正9(1581)年に起工し、同11(1583)年に完成しました。棟札より慶安4(1648)年に大修理が行われたことがわかっており、創建当時の豪壮な桃山建築の特色を残しています。

昭和38年(1963)4月1日、岡山県指定名勝となった近水園・吟風閣の隣接地に博物館的施設として開設されました。蘭学、医学の先駆者である緒方洪庵(おがたこうあん)に関するものや、足守藩に関する古文書、そして発掘調査された成果をもとに、縄文時代から近世の陣屋…

社殿は元禄14年(1701)4月、天保13年3月に造営し現在に至る。大正6年4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。大正6年10月4日神饌幣帛供進神社に指定。

雪舟・阪谷朗廬・内山完造といった芳井町ゆかりの人物を中心に、芳井町の歴史や文化を写真や資料でわかりやすく解説しています。

本丸、二の丸、三の丸と、段重ねのケーキのように彫りが鋭く、中世城砦の名残を色濃くとどめる城址です。また、遠藤周作氏の小説「反逆」の舞台としても有名です。

江戸時代から明治初期にかけて、越畑は「たたら製鉄」で栄えました。ここにはたたらの模型を展示してあり、当時の様子をしのぶことかできます。
950年の歴史をもつ備前加茂大祭の行われる境内にはその歴史を物語るかのように樹齢約500~600年ものスギ、ヒノキ、イチョウの巨木がうっそうと繁り、静かなたたずまいを今に残しています。

牛窓湾を廻る5基の大型前方後円墳の一つで、湾の西端の丘陵上にあり、墳長約55m。円筒埴輪その他副葬品が多数出土しています。
武蔵終焉の地・熊本県の宮本武蔵顕彰会が当地を訪れ、武蔵生誕の地であると確証し、それを記念して建立されました。碑の正面には旧熊本藩主細川護成候伯爵の染筆により「宮本武蔵生誕地」と刻まれています。

1931年9月12日開業の、現在も開業当時の木造駅舎がそのまま使われています。また、以前はラッセル車の向きを変えるために使用されていた転車台があります。これは、使用されなくなり土中に埋まっていたのを、鉄道ファンの協力により掘り起こされたものです。


下津井港の背後にある標高89メートルの城山跡です。春には約300本のソメイヨシノやヤマザクラが目を愉しませてくれます。

木地師の里として栄えた山間の村
昭和49(1974)年に、郷土の風物を開発から守ろうと岡山県が指定した「ふるさと村」7ヵ所の一つ。標高500mの大高下、大杉エリアに茅葺き屋根の民家が点在し、水車が回るのどかな山村のたたずまいが残っています。
行基(667生749没)の開基と伝えられ、寛永年中(1624~43年)に字槍原より現地に移り、薬師院万福寺の称を日光院真福寺と改め、権大僧都光範が中興開山となりました。美作国七福神霊場所(弁財天)で智識・学芸の神様。知恵、記憶、名誉福徳を授ける七福神の中の唯一…


ツツジや紅葉が美しく映える庭園
伝教大師最澄が入唐の際、立ち寄って開いた天台宗のお寺です。 次いで慈覚大師が秘密灌頂の道場としました。その後、平家滅亡と運命を共にした安徳天皇の御在所「穴泉の御所」が設けられしばらく滞在したといわれます。 寺域が広く、応天門を通り、杉や松がうっそうと…

春には神社までの約1kmの参道を、美しい桜並木が彩ります
古くは天磐座(あまのいわくら)、十二所権現社ともいわれた歴史ある社。春には神社までの約1kmの参道を美しい桜並木が彩ります。

旧井笠鉄道・新山駅舎を利用した昭和56年開館の鉄道記念館。営業時に使用されていた備品や当時の写真などが所狭しと並べられ、敷地内には開業時にドイツのコッペル社から購入したレトロな蒸気機関車が展示されています。

RSK山陽放送が所有する、1953年の山陽放送創立時より残されている6ミリテープや16ミリ映像フィルム、アナログ・デジタルのビデオテープなどの素材をデジタル化して保存。センター内の視聴ブースでは、保存されている映像を視聴準備の整ったものから順に公開しています…

全長96mの前方後円墳です。長持形石棺があり、副葬品として漢式鏡、直刀、環頭太刀、銅鏃、鉄鏃など多数が出土しています。

巨大なヨットと瀬戸大橋の斜張橋を思わせるクラブハウス。設計者の石井氏は自らのヨット経験から、海を見下ろしながら建つクラブハウスを構想し、吊り構造で建物を浮かすことで実現させました。建築家/完成年:石井和紘/1994年見学・撮影について:館内見学可能

真言宗東光寺の山門外の地蔵堂に祀られ、縁日に油供養を行っていたことから「吉田の油地蔵」として親しまれています。像の左右に残る刻銘から、南北朝時代の1380(康暦2)年に、円仏の発願で造立されたことが分かります。花崗岩製で像高98cm。自然石の正面に地蔵菩薩…

脇本陣・木代邸は出雲往来の宿場として栄えた新庄宿で脇本陣をつとめた家です。屋号は「向馬場屋」と称し、江戸時代の終わり頃に建てられた幕末を代表する建物で、三列六間取りの大規模家屋です。新庄村指定の文化財で、一般開放しています。

剣豪・宮本武蔵ゆかりの神社
宮本武蔵の生家跡のとなりにある武蔵ゆかりの神社。主祭神は大己貴命。「暴れん坊たけぞう」と呼ばれ幼少期をこの土地で過ごした宮本武蔵は、讃甘(さのも)神社の宮司が打つ2本の太鼓のバチさばき・音の響きに興味を持ち、二刀流を思いついたと言われています。造り…

民俗・文芸・セラミックス・企画の4つのテーマからなっています。民俗室は、昔の人が生活に使っていた道具(行灯やランプ、石臼など) を展示して、人々がどのような暮らしをしていたかを紹介しています。文芸室は、備前市出身の作家正宗白鳥(文化勲章を受章)や白鳥…

山田方谷が隠棲の後に立てた小庵で、外祖父母を祀る持仏堂と3畳の仏間、3畳の床の間を中心とした平屋の簡素な建物です。県の文化財史跡に指定されています。

つやま自然のふしぎ館に併設されている施設で、江戸から明治にかけて津山商人文化に関する資料、及び森・松平藩に関する資料が多数展示されています。これらの商家の関連資料、歴代藩主からの拝領品及び創設者森本慶三の足跡を示すもの等約700点を森本慶三記念館の二…
瀬戸大橋と下津井の町並みを臨む風光明媚な場所にあります。火難除けのご神徳があると言われており、地元では、田之浦の明神様と呼ばれ、拝殿の瓦は「田」の紋になっています。

昭和38年4月1日に開業した因美線唯一の新設駅。早春には桜のトンネルができ絶好の撮影スポットとなります。

812(弘仁3)年弘法大師の創建と伝えられる古刹で、江戸時代には、松山城主水谷氏の外護を受け、京都仁和寺の中本寺として栄えました。雲海がたなびく標高500mの山上にあり、平安時代の山岳仏教の姿を色濃く残しています。
平安時代の末期、1183年(寿永3年)に開創された古刹の寺。病気平癒・厄除祈願特にがん封じのお寺としてたくさんの方々が参拝しています。四季を通じて様々な美しい花々を楽しむこともできます。
和気氏政庁跡の南側に位置し、出土の瓦から奈良時代に建てられた古代和気氏の氏寺「藤野寺」があったといわれています。

日本古来の「たたら」製鉄が古くから行われてきた富地域。鍛冶屋谷たたら遺跡にはたたら(溶鉱炉)跡をはじめ、たたら師の村の跡が良好な状態で保存されています。たたら展示館では日本の文化や産業に大きく貢献してきた、たたら製鉄を詳しく紹介し遺物を展示していま…
歴史的立地を意識したモダニズム建築
津山城址内に建つ複合文化施設。建物2・3階の回廊部分には、日本の伝統的木造建築に見られる斗栱(ときょう)がコンクリートで取り付けられ、三層の軒を支える。軒先に向かって広がっていく架構は末広がりの城壁の石垣と対比が意識されています。建物を取巻く斗栱構造…

慶長19(1614)年、大金持ちの蔵合氏の願いで建てられた寺で、本堂は当時のもので、本尊の不動明王は鎌倉期の作と伝えられています。
平氏打倒を謀った「鹿ヶ谷」の密議が露見し、平清盛によって備前・備中境の有木の別所に流された大納言の藤原成親の配所跡と伝えられ、高麗寺の山門跡の礎石や成親の墓などが残っています。