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池田家の菩提寺である京都花園妙心寺護国院の火災をきっかけに、池田光政が津田永忠に命じて作らせた岡山藩主池田家の墓所。山中にあり、光政の祖父輝政(姫路城城主)、父利隆、光政らを儒式で埋葬しています。輝政の「一のお山」を中心に、合計7つの「お山」で構成…

ベンガラの町の人の住まう活きた文化財
西江家は江戸時代、幕領における惣代庄屋で、代官御用所を兼ねた館である。自主的行政機構として吹屋地区の「民の暮らし」を統括。郷蔵・駅馬舎・手習い場・お白洲・役宅などが現在もそのまま保存されている。また、六代目西江兵右衛門が紅柄産業に着手、成功し、吹屋…

開業以来ほとんど手の加えられていない昭和6年当時の古い駅舎で、秘境駅ランキングにも入っている秘境の駅です。

古墳時代の美作に君臨した豪族を知る
吉井川と吉野川の合流点を見下ろす、海抜約320mの山の頂にある4世紀末~5世紀初頭に築造された、径59m、高さ9mの円墳です。発掘調査の結果、多数の副葬品が出土し、古墳時代に美作の一角に君臨した豪族をうかがう貴重な資料となっています。
明治29年の葉煙草専売法の公布に伴い、加茂葉たばこ取扱所として設置(明治30年頃)されたものを、旧加茂川町が平成6年から資料館として保存・活用し、現在に至っています。収蔵品は地元の人々から寄附された古くからの生活用具、農具、祭礼具等で、600種類約1,000点…

国の重要文化財に指定されている宝塔は、総高約4m。花崗岩製。南北朝時代の貞和2年(1346)の造立。石造宝塔としては県下最大のもの。

吉備高原の自然に抱かれた隈研吾氏設計のアートスペース
世界的建築デザイナー隈研吾氏がCLT材をふんだんに使用して設計したアートスペース。1階にはフロアの家具や内装のデザイン・制作を手掛けたイールドインテリアプロダクツが監修するカフェレストラン<吉備高原食堂 麓-ROKU->があり、地元産の新鮮な食材使った料理を…

まきび公園内にある、吉備真備公に関する複製資料を数多く展示する記念館です。朱塗りの柱が中国情緒を醸し出しています。

約48mの前方後方墳で、かつて三角縁神獣鏡11面を含む合計13面の中国鏡が掘り出されています。また、のちの発掘調査によって銅鏡以外の副葬品や葬送儀礼に用いた壺形土器なども明らかになっています。葺石の遺存状態がよく、今も段築成があることや撥形を呈する前方部…
大正4年(1915)に建てられた、旧倉敷幼稚園舎を移築・復原したものです。西欧建築をしのばせる園舎で八角形の遊戯室などは非常に珍しいのもので、国の登録有形文化財に登録されています。現在は教育関係資料や人々の暮らしの中で使われた民具等を展示しています。中…

1577年(正徳5年)に建立された清水寺。県指定の無形文化財の奇祭、「護法祭」が伝承されています。五穀豊穣、天下泰平を祈願し、毎年5月15日深夜に行われます。護法善神が修験者らの祈りつけにより、行を終えて身を清めた「護法実」と呼ばれる人物の身に乗り移り、「…

岩間山本山寺(美作西国33所観音霊場 第1番)大宝元年(701年)頼観上人の創建で本尊は観世音菩薩。古くから山岳仏教の道場、庶民信仰の霊地として崇敬されていました。長承元年(1132年)に稲岡ノ庄(現久米南町)の漆間時国夫妻が参詣され誕生したのが、後の浄土宗…

1533(天文2)年に法印精良上人が開山し、1692(元禄5)年に現在の場所に移転しました。1812(文化9)年の大火で本堂を焼失しましたが、弘法大師自作28体のひとつとされている大師像は自ら本堂より抜け出て難を逃れたといわれています。その夜、眼に火傷を負った僧侶…

西須恵地区には地名に代表される須恵器窯跡をはじめ古墳、寺跡など数多くの遺跡が分布しています。須恵古代館は長船町域から出土した多くの考古資料を展示。外観は古代の高床式建物をイメージしています。

金山寺は備前48ヵ寺の根本道場として栄えた名刹です。報恩大師により749年に開山。平安末期に栄西禅師が入山し、灌室、菩薩堂などを建立しました。毎年2月の第1土曜に県内で最も古い会陽「金山寺会陽」が行われます。

前方後円墳。墳頭には約2m×0.9mの家形石棺が剥き出しの状態で置かれています。1907年(明治40年)に鏡、刀、勾玉、管玉などが多数発見され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。

古い商家の並ぶ本町通りでひときわ目を引く池上邸は、享保年間八代将軍吉宗の頃、この地で小間物屋をはじめ、その後両替商、高瀬舟の船主等を経て醤油製造で財をなした豪商の家です。※平成24年11月1日より無料休憩所として公開されています。以前の商家資料館としての…

倉敷市本町の国指定重要文化財井上家住宅が10年の長きにわたる保存修理工事を終え、2023年3月19日(日)13時から一般公開を開始。倉敷美観地区内では最古の町屋で、約300年を経ています。「倉敷窓」といわれる窓には、防火用の土塗りの扉をもっており、倉敷市内に現存…

岡山縣護國神社の始まりは、備前藩主池田章政公が1869(明治2)年に戊辰の役戦死者の招魂祭を執り行い、次いで岡山市東山公園内に社殿と碑石を建て奥羽、函館両戦争の戦死者を祭祀したことによる。ご祭神である英霊とは、戊辰戦争から太平洋戦争に至るまでの戦争によ…
吹屋地区がベンガラ景気で繁栄していた頃の町の面影を残す、「吹屋ふるさと村」の資料館。ベンガラの製造工程などを知ることができます。陶芸体験をすることもできます。

元漫才師「ちゃらんぽらん」、現在は画家の大西幸仁(雅号:太陽)さん。2016年に出身地の兵庫県尼崎市から岡山県矢掛町矢掛へ移住、 空き家を購入改修し、2017年7月に自宅兼アトリエを「太陽美術館」としてオープンしました。母屋とアトリエを兼ねた離れがあり、所蔵…

春には神社までの約1kmの参道を、美しい桜並木が彩ります
古くは天磐座(あまのいわくら)、十二所権現社ともいわれた歴史ある社。春には神社までの約1kmの参道を美しい桜並木が彩ります。

全長96mの前方後円墳です。長持形石棺があり、副葬品として漢式鏡、直刀、環頭太刀、銅鏃、鉄鏃など多数が出土しています。

巨大なヨットと瀬戸大橋の斜張橋を思わせるクラブハウス。設計者の石井氏は自らのヨット経験から、海を見下ろしながら建つクラブハウスを構想し、吊り構造で建物を浮かすことで実現させました。建築家/完成年:石井和紘/1994年見学・撮影について:館内見学可能

もとは高田城。今は調練場の石積みと頂上の平坦地を残すのみです。鎌倉時代末期からの激しい攻防を今に伝える貴重な城址です。

昭和28年創業で、今も当時の装いのまま店内には可愛い民芸品がたくさん展示されています。竹細工作りも体験できます。

奈良時代の和銅年間(707~715年)以前の創建と伝えられている古社です。大隅神社の神輿は、1842年に造られたもので、津山市の重要有形民俗文化財となっています。

日本刀の展示、刀剣の素晴らしさを伝える刀剣講座や研究会を開催しています。さらに、日本刀の無料査定、鑑定、買取業務など日本刀に関するサポート体制を整備しています。

熱心な日蓮宗徒であったと伝えられる浮田土佐守こと宇喜多忠家が、天正9(1581)年に起工し、同11(1583)年に完成しました。棟札より慶安4(1648)年に大修理が行われたことがわかっており、創建当時の豪壮な桃山建築の特色を残しています。

木地師の里として栄えた山間の村
昭和49(1974)年に、郷土の風物を開発から守ろうと岡山県が指定した「ふるさと村」7ヵ所の一つ。標高500mの大高下、大杉エリアに茅葺き屋根の民家が点在し、水車が回るのどかな山村のたたずまいが残っています。
素盞鳴命・大国主命・少名彦名命の三方が神として祀られています。現在の社殿は元禄8年(1695年)に再建されたもので、社殿の正面に長い廊下、境内の周りには堀が巡るなど、地方の神社では立派なたたずまいを見せています。
土俵が四角いため、角土俵と呼ばれています。国内に現存し、使用されている唯一のものとされ、「角力」と書いて「すもう」と読みます。毎年隣接する小学校の小学生により、角力大会が奉納されています。

武蔵の姉・おぎんの嫁ぎ先
鎌坂峠へと続く旧街道の途中に立つ、宮本武蔵の姉・おぎんの嫁ぎ先と伝えられている旧家です。1600年、当時16歳の武蔵は、武者修行に出立する際に平尾家に立ち寄り、家の道具、証文、家系図、十手、素槍などを姉夫婦に渡したとされています。その後は、おぎんの二男・…

800年の歴史ある会陽(裸祭り)の開催も
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…

美作河井駅~知和駅間に架かる石造りの鉄橋で、その橋を通る列車との風景は鉄道ファンにとって絶好の撮影スポットです。

人間国宝の備前焼や現代美術家の作品も陳列
黒住教の本部機能がある境内約10万坪の丘陵地「神道山(しんとうざん)」に、教祖の真筆の数々を陳列する施設として竣工。黒住教教主の家に伝わる美術品に加え、備前焼作家として人間国宝の藤原 啓氏、雄氏と、藤原 建氏の記念室、また戦後の京都で八木 一夫氏らと前…

35年かけて集められた約3,500羽のふくろうが並ぶ、吉備路の小さな美術館です。自宅を改装した和める雰囲気の館内では、張り子で作られたおきあがりふくろうの絵付けが楽しめます。所要時間は最短で10分程度です。

高梁市のほぼ中北部に位置する標高330mの高原地帯で、大半が石炭岩台地であり、重要伝統的建造物群保存地区の吹屋に隣接する農山村地帯です。清流島木川を挟んだ宇治の農業は、水田・酪農・ピオーネを中心に行われています。また、地域一帯は多くの史跡・社寺が点在し…
鴨方藩の庄屋を世襲し油商等を営んだ家で、藩主の宿泊所や文化人の交流の場として使われた由緒ある町家です。建築年代は1687年に修理をしたという棟札から300年以上を経ており、県内に残る江戸前期の最古の町家であると同時に全国的にも最初期のものです。現在はかも…
