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奈良時代の和銅年間(707~715年)以前の創建と伝えられている古社です。大隅神社の神輿は、1842年に造られたもので、津山市の重要有形民俗文化財となっています。

慶長8(1603)年に森忠政が美濃金山の涅槃寺を移し作州の菩提寺としたが、元禄11(1698)年に森家の後の津山藩主・松平宣富の祖母の戒名より泰安寺と改め、松平家の菩提寺となりました。美作西国三十三所観音霊場、神名:子安観音


別名大宮様とも呼ばれ、この神社に伝わる「大宮踊」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。宝物の奉納太刀三口が真庭市の指定文化財に指定されているほか、神像、古面、狛犬など、文化財の多い神社。境内にある大きな銀杏の木は樹齢650年といわれています。


江戸時代から明治初期にかけて、越畑は「たたら製鉄」で栄えました。ここにはたたらの模型を展示してあり、当時の様子をしのぶことかできます。
国指定重要文化財の不動明王坐像、地蔵菩薩立像が安置されているほか、境内には大樹「モッコク」があり、井原市の天然記念物に指定されています。
美作市立英田図書館に併設している資料博物館です。英田地域の歴史を伺い知れる地元の方より寄与された歴史資料や文化財を1階・2階のフロアで展示しています。主に1階では石臼や水車など昔の農作業具、手回しミシンや蓄音機など生活用品を展示。2階には、英田地域で発…
明治19(1886)年に生まれた利玄は足守藩時代最後の藩主を父にもつ歌人です。青年期から短歌革新運動に力を注ぎ白樺派の中心作家として活躍し、口語、俗語なども大胆に取り入れた写実的で平易な「利玄調」の歌風を完成し、歌壇に新風を巻き起こすとともに、明治大正の…

錦莞莚(きんかんえん)を生みだし織物産業界で活躍した磯崎眠亀を記念し、住宅兼作業場を改築して資料を展示しています。

人間国宝の備前焼や現代美術家の作品も陳列
黒住教の本部機能がある境内約10万坪の丘陵地「神道山(しんとうざん)」に、教祖の真筆の数々を陳列する施設として竣工。黒住教教主の家に伝わる美術品に加え、備前焼作家として人間国宝の藤原 啓氏、雄氏と、藤原 建氏の記念室、また戦後の京都で八木 一夫氏らと前…

大正4年(1915)に建てられた、旧倉敷幼稚園舎を移築・復原したものです。西欧建築をしのばせる園舎で八角形の遊戯室などは非常に珍しいのもので、国の登録有形文化財に登録されています。現在は教育関係資料や人々の暮らしの中で使われた民具等を展示しています。中…

創建等については不詳であるが、「へら取り」という社名は全国でもここだけで、古くは海若宮と呼ばれていました。火難・盗難除けに霊験があるとして、県下はもとより、近県にまで知られています。付近一帯は、箆取公園となっていて、さくらの名所でもあります。

元禄年間、岡山藩の重臣・津田永忠のもと、田原用水を西に延長するために架けられた水路橋。現在は、小野田川から記念公園に復元移転されています。
温泉街の中央に位置する温泉薬師堂は、失ったものが帰ってくるお薬師様として信仰を集めています。また、薬師堂のすく横からは、湯原温泉の源泉がこんこんと湧き出ています。薬湯としてお清めができます。

宿場町時代の関門
1596年から1614年まで、幕府による国境警備にあたった惣門です。美作七駅の1つとして土居宿駅を定めた際に、東西それぞれの出入り口に設けられた関門は、1869年の関所廃止令により一度取り壊さた後、2001年3月に復元されました。門の造りは、高さ6m50cm、幅7m88cmの高…
国産ジーンズの歴史と技術を伝える資料館
1970年代に稼働していた洗い工場の跡地を利用した国産ジーンズの歴史と技術を伝える資料館です。児島で生まれた貴重なジーンズの数々、広告ポスターや販促物、アメリカ製やドイツ製のミシン、ジーンズを軽石と一緒に洗ってストーンウォッシュ加工をする機械など充実し…


岡山県・大和村(現吉備中央町)出身であり、生涯にわたって日中友好に尽くし、全日空の社長等財界人としても活躍した岡山県名誉県民である岡崎嘉平太氏(1897~1989年)の功績と人柄を顕彰する記念館。常設展示室では岡崎氏の生涯と功績を紹介し、ビデオコーナーも設…

金山寺は備前48ヵ寺の根本道場として栄えた名刹です。報恩大師により749年に開山。平安末期に栄西禅師が入山し、灌室、菩薩堂などを建立しました。毎年2月の第1土曜に県内で最も古い会陽「金山寺会陽」が行われます。

RSK山陽放送が所有する、1953年の山陽放送創立時より残されている6ミリテープや16ミリ映像フィルム、アナログ・デジタルのビデオテープなどの素材をデジタル化して保存。センター内の視聴ブースでは、保存されている映像を視聴準備の整ったものから順に公開しています…

高梁市文化交流館2階に設置され、美術展示室・歴史展示室・市民ギャラリーがあります。美術展示室では収蔵品の公開や、高梁の歴史、ゆかりの芸術家の作品を紹介する特別展・企画展を年数回開催しています。また、歴史展示室は戦国から江戸時代末期までの備中松山城に…

もとは高田城。今は調練場の石積みと頂上の平坦地を残すのみです。鎌倉時代末期からの激しい攻防を今に伝える貴重な城址です。
森忠正公によって城下の守護神として造営された神社
聖武天皇の御代天平5(733)年の創祀と伝えられている神社です。当初は現在の津山市小田中の地にありましたが、天文8(1539)年火災に遭い社殿や宝物などことごとく焼失しました。慶長8(1603)年美作の国18万6500石の国守大名として入封した森忠政公(森蘭丸の弟)が…

この建物はクラボウの発祥工場で、明治22年に建設された貴重な歴史的建造物です。床の石畳も当時のままで、窓ガラスも手作りの口吹きガラスであり、天井も英国のランカシャの紡績工場を模して設計されたもので、屋根が南北ともに勾配があります。現在は「貸しホール」…

珍しい壇上積基壇の遺構も出土
白鳳時代の創建と推定される備前地域では最古の寺院跡。地方寺院には珍しい壇上積基壇の遺構も出土しています。近くには備前国庁跡や唐人塚古墳などもあります。

全国的にもユニークな「めだかの学校」は、環境省が絶滅危惧種に指定した「メダカ」をはじめとする水辺の生物を通じて生命の不思議さや、自然環境の大切さを学ぶ体験学習施設です。旭川・吉井川に生息する天然記念物である「アユモドキ」を観ることもできます。

中世の山城跡で、南朝方の挙兵に呼応した地頭伊東大和二郎宣祐が山陽道をふさぐ目的で1333年(元弘3年)に築いたとされ、室町時代には備前守護代の浦上氏が居城していましたが、戦国時代末期に廃城となりました。上部構造物を失っていますが、頂上に不整形な楕円形の…
八塔寺山の深い緑の中、神亀5年弓削道鏡が開基したと伝えられ、今なお当時を偲ばせる寺院です。天台宗・本尊は十一面観音(行基作と伝う)境内裏の首なし地蔵は乳の出に霊験があり、池田光政寄進のつり鏡が現存する。
古くから「くるまどさん」の愛称で親しまれ、牛馬の守護神として崇敬され、今尚山陰方面からの講参りが連綿として今日まで続いています。古来より牛馬守護の神としてはもとより、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。境内には樹齢400年を超す杉が立…

ツツジや紅葉が美しく映える庭園
伝教大師最澄が入唐の際、立ち寄って開いた天台宗のお寺です。 次いで慈覚大師が秘密灌頂の道場としました。その後、平家滅亡と運命を共にした安徳天皇の御在所「穴泉の御所」が設けられしばらく滞在したといわれます。 寺域が広く、応天門を通り、杉や松がうっそうと…

1185年2月19日、四国屋島の合戦で弱冠17歳の那須与一は、扇の的を見事一矢で射落とした軍功により備中荏原荘など5ヵ所の領地を賜りました。この墓は古くから扇の的一射必中の故事にあやかって願い事がかなうと伝えられてきました。近頃、特に高校・大学受験の合格を祈…
1441年(嘉吉元年)、芳井町の天神山に開かれた臨済宗仏通寺派のお寺です。重玄寺を開いた千畝和尚(せんみょうおしょう)は近衛家の生れといわれ、天皇家、近衛家ゆかりの宝物が今に伝えられています。また重玄寺は室町時代に活躍した画僧・雪舟が亡くなった場所と伝…

吹屋地区がベンガラ景気で繁栄していた頃の町の面影を残す、「吹屋ふるさと村」の資料館。ベンガラの製造工程などを知ることができます。陶芸体験をすることもできます。

のどかな漁村のたたずまいが残る離島
県下唯一の島にあるふるさと村です。船板を張った家屋や石積みの防波堤など、古い漁村の形態を今に伝える静かなたたずまいが見られます。数々の映画のロケ地としても選ばれました。島で味わえる新鮮な魚料理も絶品です。

貴族の対立や疫病や災害の危機を仏教の力で鎮め護ろうと、天平13(741)年、聖武天皇の発願(ほつがん)により全国に建てられた国分寺のひとつです。発掘調査により、南北約190メートル、東西約175メートルの寺域に、南門・中門・金堂・講堂・僧房が一直線に並び、南…

瀬戸内市が誇る国際的な糸操り人形作家、竹田喜之助を顕彰するギャラリーです。市が保有する喜之助人形の企画展示の他、竹田人形座や喜之助関連の企画展示、TV作品や公演の模様を記録したDVDの上映も行います。(写真 中川正子)

脇本陣・木代邸は出雲往来の宿場として栄えた新庄宿で脇本陣をつとめた家です。屋号は「向馬場屋」と称し、江戸時代の終わり頃に建てられた幕末を代表する建物で、三列六間取りの大規模家屋です。新庄村指定の文化財で、一般開放しています。

慶長6年に開かれた顕本法華宗の寺院です。天井絵をはじめ極彩色で彩られた内装と、華やかな彫刻をもち、豪華な桃山建築の特徴がみられます。
