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800年の歴史ある会陽(裸祭り)の開催も
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…

牛窓オリーブ園に設置された『ランデブー』に続き、このたび二つ目のパブリックアート作品が牛窓の前島港に設置されました。その名も『The Reflective eye』という、目を意識した作品です。作者は岡山県内在住の現代美術作家である金孝妍(キム ヒヒョン)氏。新しい…

もとは高田城。今は調練場の石積みと頂上の平坦地を残すのみです。鎌倉時代末期からの激しい攻防を今に伝える貴重な城址です。
日本最初の公開民間天文台で、天文台内の5m観測ドームを記念館にしています。1926年に32cm反射望遠鏡を英国から購入して、日本最初の民間公開天文台「倉敷天文台」を創設した原澄治と、1941年~1990年まで倉敷天文台主事として新彗星や新星等新天体捜索に活躍した本田…
岡山縣護國神社の始まりは、備前藩主池田章政公が1869(明治2)年に戊辰の役戦死者の招魂祭を執り行い、次いで岡山市東山公園内に社殿と碑石を建て奥羽、函館両戦争の戦死者を祭祀したことによる。ご祭神である英霊とは、戊辰戦争から太平洋戦争に至るまでの戦争によ…
瀬戸大橋と下津井の町並みを臨む風光明媚な場所にあります。火難除けのご神徳があると言われており、地元では、田之浦の明神様と呼ばれ、拝殿の瓦は「田」の紋になっています。

行基(667生749没)の開基と伝えられ、寛永年中(1624~43年)に字槍原より現地に移り、薬師院万福寺の称を日光院真福寺と改め、権大僧都光範が中興開山となりました。美作国七福神霊場所(弁財天)で智識・学芸の神様。知恵、記憶、名誉福徳を授ける七福神の中の唯一…

美作地方では最古の物と言われています。
宝暦年間(1751~1764年)に安国寺と改名され、鐘楼を改築されました。梵鐘には永和3年(1377年)と刻銘されていることから美作地方では最古の物と言われています。

県下では珍しい扇の縄と呼ばれる型式で、城郭は扇を広げたように配置され、四段にわたって構築されています。築城時期は不明ですが、南北朝時代に今川氏、後に上田氏が城主となりました。天正3年(1574)に毛利氏の城攻めを受けて落城し、その後江戸時代初期に廃城と…
吉備の方墳のなかでは最大級
旧山陽道を挟んで作山古墳の500mほど南にある古墳です。36x38mの規模をもち、吉備の方墳のなかでは最大級にはいります。埴輪などから中期前葉の築造が考えられています。
現代縄文アートの日本唯一の美術館
縄文造形(生命と魂のデザイン)による現代縄文アート作品を展示。豊かな自然に囲まれた美術館内は縄文造形の第一人者猪風来による代表作や新進作家村上原野らの縄文スパイラル作品など200点以上を常設展示。作品を通して、この天地の自然や大宇宙に感応し響き合う力…

報恩大師の備前四十八ヵ寺の一つに加えられた寺
寺縁起によると、天平勝宝年間(749~757年)に鑑真和上が開基し、後に報恩大師の備前四十八ヵ寺の一つに加えられた寺。
菅原道真が筑紫へ左遷されたとき、途中で船から降りて丘にあがり、真水を汲んで、その水で墨をすり、歌を一首詠んだ所といわれ、その跡に創建されたのがこの神社とされています。

戦国時代に岡山の宇喜多勢と安芸の毛利勢がこの地で激突した際、宇喜多勢の総大将・宇喜多与太郎基家は足を失傷し竹やぶへ隠れましたが、村人が探索の武士に居場所を教えたため、与太郎は捕らえられました。その後、村人が与太郎へのおわびと供養のため、また足の悪い…

静寂な境内が趣深い山上の寺
標高430mの山上にある寺で、老杉古柏も鬱蒼とした静寂な境内が情緒ある風情を醸し出しています。木山寺の創建は、遠く弘仁6年(815年)の初冬。高祖弘法大師が美作の地を訪れた際、木樵姿の翁がこの霊山に大師を導き、仏堂建立にふさわしい地であると説きました。この…

巨大なヨットと瀬戸大橋の斜張橋を思わせるクラブハウス。設計者の石井氏は自らのヨット経験から、海を見下ろしながら建つクラブハウスを構想し、吊り構造で建物を浮かすことで実現させました。建築家/完成年:石井和紘/1994年見学・撮影について:館内見学可能

箸立天満宮境内にある御神木「伊吹ヒバ」は、推定樹齢800年から1,000年といわれ、858年(天安2年)に菅原道真が、長岡庄を経て高田庄へ旅する途中立ち寄った際に、昼食に使った箸を立てたものが育ったと伝えられています。合格祈願の天神様として知られ、受験シーズン…

民俗・文芸・セラミックス・企画の4つのテーマからなっています。民俗室は、昔の人が生活に使っていた道具(行灯やランプ、石臼など) を展示して、人々がどのような暮らしをしていたかを紹介しています。文芸室は、備前市出身の作家正宗白鳥(文化勲章を受章)や白鳥…


1658年(万治元年)、備中松山藩主水谷公が玉島港を開く際、干拓工事の成功を祈って出羽の羽黒神社を勧請した神社です。屋根の上には烏天狗の鬼瓦があり、今では町おこしのシンボルとなっています。

瀬戸内海の大多府島に、池田藩によって元禄11年に築港された大多府港にある港湾施設です。2段に石を積んだ構造で、曲面形状になる堤の築造技術は一見の価値あり。随所に後世の補修が見られますが、現存する数少ない明治期前の港湾施設として大変貴重なものです。

真言宗の古刹。奈良時代の736年(天平8年)、越後の僧侶智泰澄により開基されたと伝えられています。本尊は十一面観世音菩薩。1404年(応永11年)の紀年名のある鰐口が伝わり、室町時代初期の作と推定される仁王像が山門に安置されています。仁王像は岡山県の指定文化…
土俵が四角いため、角土俵と呼ばれています。国内に現存し、使用されている唯一のものとされ、「角力」と書いて「すもう」と読みます。毎年隣接する小学校の小学生により、角力大会が奉納されています。

文化文政時代の頃からこの地方では芝居が盛んで、中島東地区の松神神社に歌舞伎舞台が伝わっています。当時の精巧な回り舞台が保存されており、昭和38年に「岡山県重要有形民俗文化財」に指定され、現在も毎年春に中島東地区の方を中心に公演が開催されています。

井原市西江原町の「永祥寺」境内にある稲荷で、当地にゆかりのある那須与一が屋島の合戦で扇の的を射抜くとき、破り捨てた袖を祀っています。別名「一発稲荷」として多くの受験生が願かけに訪れます。

毎年4月下旬~5月上旬に「ぼたん・シャクヤク祭り」を開催。
寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

牛窓ヨットハーバー南側公園に設置されたパブリックアート作品で、香川県豊島を拠点に活動するパフォーミングアートグループ「usaginingen(ウサギニンゲン)」氏により制作されました。作品には、地元の子どもたちのアイデアもデザインに取り入れられています 。「牛…

国指定文化財
寒風古窯跡群は7世紀の飛鳥時代を中心とした約100年間にわたり、須恵器が焼かれていたところです。出土遺物は杯や甕など一般的なものの他に、鴟尾や硯、陶棺があり、焼かれた須恵器が奈良の都からも出土することから、単なる地方窯ではなく、半官窯的な性格をもつ窯で…

安倍晴明ゆかりの神社
寄島町の鎮守の森、大浦神社は997年、安倍晴明がその霊地に応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の三神を祭り、地方の氏神とした、と伝えられています。社殿は当初、三郎島の霊地にまつられていましたが、永禄年中、鴨方藩の細川通董公により現在の地に移されました。境内地…

延歴9年(790年)和気清麻呂が氏祖弟彦王も配祀したとの社伝を持ちます。「天永3年(1112年)、大神主和気朝臣欽行」の棟札が今に伝わっています。

尼子氏に従って美作に入った草苅氏が天文2(1533)年に築城。城郭の範囲は、東西1.6km、南北0.5kmで、県内最大級の規模。天正12(1584)年に草苅氏が退城するまで約50年間一度も落城しなかったという。石垣、土塁、堀切等の遺構が確認される。

約48mの前方後方墳で、かつて三角縁神獣鏡11面を含む合計13面の中国鏡が掘り出されています。また、のちの発掘調査によって銅鏡以外の副葬品や葬送儀礼に用いた壺形土器なども明らかになっています。葺石の遺存状態がよく、今も段築成があることや撥形を呈する前方部…
東アジア情勢が緊迫した7世紀頃に築造されたと推定されています。発掘調査の結果、土塁線や一の木戸等の水門、石塁構造が確認されています。

江戸時代から明治初期にかけて、越畑は「たたら製鉄」で栄えました。ここにはたたらの模型を展示してあり、当時の様子をしのぶことかできます。
県下三大巨石古墳の一つ
県下三大巨石古墳の一つで、内部にある石室は、巨大ないくつもの石を精密に組み合わせた横穴式の大空間で、入口の羨道とその奥の玄室に分かれています。6世紀後半の築造と考えられており、直径54m、高さ7mの円墳です。

旧閑谷学校の敷地内にある神社。学校創設者池田光政公を祀るために1686年(貞享3年)に建てられました。西側に並ぶ聖廟に対して、東御堂ともいいます。内部は金色に輝く光政像が安置されています。建物は聖廟に比べて一まわり小さく、1m低く建てられ、師である孔子に…

「加子浦」は公用船や海路を行く参勤交代の諸大名の通船へ、水や薪を供給したり、加子役(船をこぐ者)を勤める、労役を課された浦のことです。館の名は江戸時代に加子浦に指定された日生の歴史に由来しています。資料館は兵庫県の港町室津で本陣職を務めていた筑前屋…

美作河井駅~知和駅間に架かる石造りの鉄橋で、その橋を通る列車との風景は鉄道ファンにとって絶好の撮影スポットです。
