晴れわたる空に願いとどけ~岡山県南の神社・今昔物語

清らかな気持ちで神社仏閣にて手を合わせると心が落ち着きます。外出が難しい今、岡山ゆかりの神社に思いを馳せると、地名の由来や神社の沿革が岡山の歴史とともにみえてきました。そして「岡山といえば桃太郎」、改めてこの深いご縁も実感!見ているだけで心が明るくなるお守りもご紹介します。

「ご自宅からでも皆さまの祈りはきっと届きます」神職の方々から伺うお話に元気づけられたライターが、これまで度々訪れた岡山県南3か所の神社、今と昔のお話をお届けします。
掲載日:2020年05月01日
  • ライター:小池香苗
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岡山総鎮守 岡山神社

「岡山」の地名の由来となっている岡山神社は、「桃太郎」のモデルとされる吉備津彦命(きびつひこのみこと)の姉にあたる倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)が主祭神です。岡山城を臨み、岡山後楽園と旭川のほとりに佇む、白壁が美しい神社です。

創建当初の西暦860年(清和天皇貞観年中)は、「岡山」という現在の岡山城本丸がある地に鎮座しており「坂下(さかおり)の社」と呼ばれていました。永禄年中(1558-1570年)に「岡山大明神」と改められます。1573(天正元)年、歴史上でも有名な宇喜多直家が岡山城を築くにあたり、現在の地に遷され、岡山城の守護神として社領(神社の土地)を寄附。直家の子・秀家が本殿を、その後の城主・小早川秀秋が拝殿以下を造営しました。池田家城主の時は城内鎮守として崇敬を受け、その後も備前国岡山総鎮守として時を刻んできた、まさに岡山の歴史と縁が深い神社です。万治年中(1658-1661)以後は「酒折宮(さかおりぐう)」と号していましたが、1882(明治15)年、社号を現在の「岡山神社」とされました。
毎年恒例で岡山神社の拝殿に掲げられる干支の大絵馬。
とても大きな絵馬に迫力あるデザインで毎年、その年の干支が生き生きと表現されている作品です。岡山の企業とアーティストが制作を手がけています。折り紙絵馬に願いを書きこみ、大絵馬に奉納する願掛け作法が珍しいと注目されています。
「近隣にお住まいの方にも、通行中にも、少しでも明るい気持ちになっていただけたら」と、境内には色鮮やかなこいのぼりが掲げられていました。近くを流れる旭川沿いを歩いていると、悠々と泳ぐこいのぼりが遠くからも見えて嬉しくなります。
岡山神社は、手水舎のまわりに芝桜をはじめいろんな季節の花々が咲いていて、いつも癒してくれます。また訪れることができた時は、どんな花を愛でられるでしょうか。
岡山神社の白壁を思わせるような凛としたお守りがありました。
心願成就の「ことばもり®」は、岡山のデザイナーと写真家の協力によって完成しました。高梁川の伏流水と岡山県産のミツマタで手漉きした備中和紙で作られた、岡山県指定郷土伝統的工芸品です。飾ったり、身に着けて持っていると、和紙は使い込むほど風合いが出てくるので、次第に手にもなじんでくるそう。岡山神社の風景を写した写真がお守りの紅白に映えます。

そして、岡山神社と縁が深い岡山城と桃をあしらった限定のご朱印帳とお守りもあり、桃色がとても綺麗でした。
※2020年5月1日現在、授与所は一時閉鎖中

倉敷総鎮守 阿智神社

全国に知られる倉敷美観地区の鶴形山に鎮座する、倉敷市中心市街地の鎮守神である阿智神社。
「阿知」(あち)の地名と社号の由来は、古く『日本書紀』に記述があります。「倭漢直の祖 阿知使主(あちのおみ)」という阿知使主の一族が渡来したことが記されており、この一族の一部が当地周辺に定住したことが由来とされています。

主祭神は「宗像三女神」(むなかたさんじょしん)。天照大神(あまてらすおおかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誓約をした際にお生まれになり、海の神「道主貴」(みちぬしのむち)とも称され、交通・交易の安全を司る神です。
繁栄していった江戸時代には神仏混淆(こんこう)により妙見宮(みょうけんぐう)と称されていましたが、1869(明治2)年、神仏分離令により現在の阿智神社の社号になりました。今も倉敷に住む方、倉敷を訪れる方々の拠りどころとなっています。
この場所は昔、阿知潟(あちがた)と呼ばれる浅い海域でしたが、近くの大きな河川・高梁川の沖積作用による体積が進み、1584(天正12)年、宇喜多秀家による新田開発が行われてから広く開拓されました。1642(寛永19)年に幕府直轄地(天領)となって以降、この地は物資輸送の一大集積地(倉敷地)として繁栄。城山(現「倉敷アイビースクエア」敷地内)に倉敷代官所が置かれてからは歴代代官の崇敬も厚く、寄進された石灯籠や絵馬などが今も多く遺され、倉敷の歴史を今に伝えています。
かつて近くを流れる高梁川(たかはしがわ)の氾濫や疫病の流行により、多くの村が壊滅の危機に瀕したといわれます。当時、村人たちは高梁川の清らかな砂を樽に積み、氏神様のご神域に敷き詰めて七夜に亘って祈ったところ、たちまち疫病が消え去り、病難から逃れることができたと伝えられています。この故事に基づく神事は高梁川流域の各地で行われ、阿智神社においても10年に一度の特殊神事として斎行されています。その神事の際に用いた砂をお守りとして奉製した「御砂持守」もあり、皆さまが穏やかに過ごせるよう祈ってくださっているのです。

ほかにも阿智神社ならではのお守りがたくさんあり、様々な人々が訪れる神社には、長い歴史の中でたくさんの祈りや願いが捧げられてきたことがうかがえます。神職さんにそれぞれのお守りについてのお話を伺うとさらに愛着が湧きました。
心が晴れるような、素敵なお守りにも出会いました。
繊細なレースに県指定の天然記念物「阿知の藤」をデザインした、映える色合いが美しいレース編みの「花纏守」(はなまきまもり)。赤磐市のレース工場「岡山レース」とのご縁から生まれました。
通年あるものと、春夏秋冬の季節ごとに作られるものがあり、各色の名前はそれぞれ日本最古の和歌集『万葉集』から名づけられています。訪れた時は春限定の「さわらび」と名のついた花纏守が、芽吹いたばかりの緑のようで美しかったです。色とりどりのレースのお守りはどれもすべて綺麗で華やかで、本当に晴れやかな気持ちになりました。

藤の花というと紫色を思い浮かべますが、阿智神社の境内にある「阿知の藤」はアケボノフジという品種で桃色がかっているのだそう。毎年、ゴールデンウィーク前後に藤の花は見頃を迎えます。阿智神社は手水舎もとても美しく、訪れるだけで心が洗われるよう。今はお守りの藤の花に心を寄せて、またいつか訪れたいと思います。

備前國一宮 吉備津彦神社

備前国の一宮である吉備津彦神社の主祭神は、第10代崇神天皇の御代に大和朝廷より遣わされ吉備国を平定したといわれる「大吉備津彦命(吉備津彦命)」。大吉備津彦命の屋敷跡に社殿が建てられたのが吉備津彦神社の始まりとされ、「桃太郎」のモデルになった神様としても有名です。
古来より神社背後の「吉備の中山」は山全体が神の山として崇敬されてきました。大吉備津彦命もこの山に祈り、吉備国を平定し、現人神として崇められました。

2018(平成30)年5月には、「『桃太郎伝説』の生まれたまちおかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語」が日本遺産に認定。吉備津彦神社は、物語を構成する27の文化財のひとつになっています。
昔話「桃太郎」は、吉備国平定の際の吉備津彦命と温羅(うら)の戦いがもとになっているといわれています。桃太郎伝説の中で鬼とされた温羅は、岡山では吉備地域一帯に製鉄文化などをもたらし繁栄に尽くしたとされ、地域の人々は代々、温羅を大切にし続けています。吉備津彦神社の境内南には、温羅を祀る「温羅神社」があります。

一般的に桃太郎と鬼は、昔話のイメージから鬼退治などで争った印象が強い中で、岡山では、ふたりは吉備の国と文化、経済の発展のために協力し合ったという桃太郎伝説が大切にされています。(※全国には諸説あります)
戦いの後に桃太郎と鬼が手を携え、国のために尽くしたという平和な解釈は、そうであったらいいなという願いもこめられているような、心温まるお話ですよね。温羅神社のそばには「桃」の木が育ち、いきいきと綺麗な花を咲かせている姿も、感慨深いです。

吉備津彦神社で毎年2月3日に行われる「節分祭」では、全国的にも珍しい、桃太郎と鬼が共に豆を投げるという微笑ましい光景がみられます。岡山では絆が深い吉備津彦命と温羅に思いを馳せると、岡山の歴史がより身近で大切に思えてきます。
吉備津彦神社には、岡山に縁の深い「桃」をデザインしたかわいいお守りやおみくじなどがたくさんあり、見ると気持ちがパッと明るくなれます。
桃は古来より厄除けの力があり不老長寿の実として珍重されていたといいます。「桃の節句」ひなまつりも厄除けが始まりとされており、桃はお守りとしても意味が込められているのですね。さらに、晴れの国おかやまで育つ白桃は岡山を代表する特産品。いろんな「桃」と「岡山」の深いご縁を、改めて感じます。
素敵なお守りはほかにも。「縁結び守り」は紅白の2体1組のお守りで、「幸せ祈願」の祈祷をお願いすると、1体を持ち帰り、1体は神社で預かって1年間お祈りしていただけます。なかなかお参りに行けない時も心安らげるお守りだと思いました。
この時期、今持っているお守りを大切にして、祈りをこめて神様へ思いを馳せるだけでも、その気持ちはきっと届くのではないでしょうか。


※2020年5月1日現在、一部業務を縮小中(お守りの種類や時間帯など変更の可能性あり、詳しくは公式HPをご参照ください)
吉備の青空に、たくさんのこいのぼりが泳いでいました。
子どもの健やかな成長を願って掲げるこいのぼり。悠々と泳ぐ姿に元気をもらえます。今は外出が難しい状況ですが、晴れた日に空を見上げると心がすっと軽くなる気がします。

神社周辺を歩くと、門前に大きな神池がひろがり、住吉神を祀った鶴島、宗像神を祀った亀島も拝むことができます。風情ある茶屋や桃太郎線が通る光景など、晴れ渡る吉備の国一帯の長閑な景色にも心癒されました。

編集後記

神職の皆さまとのお話を通して、出かけられないときも、参拝になかなか出向けないときも、家からでも祈願することはできる、どんな状況でもできることがあると改めて思いました。

これまで身近にあった神社にまつわる歴史や縁起を調べてみると、地域との深いご縁を感じます。何度もお参りしてきた時には気づかなかったこともわかり、故郷の歴史に思いを馳せる時間は心を穏やかにしてくれました。

そして、今回ご紹介したすべての神社に、桃太郎のモデルとなった吉備津彦命がお祀りされていました。吉備津彦命と岡山県には、とても深いご縁があるのですね。「岡山といえば桃太郎」といわれることもうなずけます。生まれ育った町にもまだまだ知らないことがあり、私たちのそばにある神社では毎日、穏やかな日々と平和を願い祈りを捧げてくださる。守っていただいているありがたさを改めて感じました。生活する場所、故郷について、学びなおすのもいいなと思いました。
今ある時間を、皆さまが穏やかで健康にすごせますように。

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