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弘法大師が開創した真言宗の古刹
真鍋島の本浦集落の高台にある、真言宗の古刹です。平安時代(795年)に弘法大師によって開創。江戸時代に火災で焼失しましたが、1793年に再建。以来修復を行いながら大切に守られているお寺です。

妙法寺は1615年頃建立され、鶴山から南新座に移され現在の場所に。美作における日蓮宗最大の寺院といわれ、本堂は岡山県指定重要文化財、鐘楼(しょうろう)と鰐口(わにぐち)は、津山市指定重要文化財です。鰐口には、“慶長18年(1614)年暦9月21日作州津山富…

和銅7(714)年6月に開創されたお寺です。昔は鏡野町にありましたが、森忠政が津山城築城のとき、聖徳太子が諸国を遊化され立ち寄られた場所といわれる津山市小田中に移りました。正保年間に、当時の快映上人は四天王寺に詣で太子を拝見し、微妙の尊像を彫刻し御頭に…

現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
本堂、多宝塔、仁王門は県の重要文化財に指定されています。岡山藩主池田綱政公が後楽園の借景として建立に着手、次の藩主池田継政公の時代に完成した多宝塔があります。県下2番目の規模があり、「見かえりの塔」とも呼ばれています。

境内には御神木として崇められている推定樹齢660年の大杉があり、目通り周囲5.4m、樹高約40m。美作県民局の名木百選です。

別名大宮様とも呼ばれ、この神社に伝わる「大宮踊」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。宝物の奉納太刀三口が真庭市の指定文化財に指定されているほか、神像、古面、狛犬など、文化財の多い神社。境内にある大きな銀杏の木は樹齢650年といわれています。

真休寺はもともと、大山普門院と称して大山にあり、隆永上人代、約320年前、明暦年間に住坊が造営され、岡尾山普門院真休寺と称されたといわれています。本尊の彫刻は慈覚大師にして、格式極めて高く、昭和49年に庫裏、本堂の再建されました。春は桜並木が迎えてくれ…


伊弉諾命、伊弉冊命を祭神とする神社。創建は平安時代の末期、久寿2年(1155年)。寛文11年(1671年)に建立された中山造りの本殿は入母屋造銅板葺の造りで、真庭市指定の文化財となっています。
美作三大社の1つで主祭神に神武天皇の父にあたる「彦波限建鵜茸草茸不合尊」を、相殿には中山神社の主祭神「鏡作神」と美作総社宮の主祭神「大己貴命」を祀っています。

江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主森忠政の津山城築城に際して城南の覗山(のぞきやま)に移り、さらに慶長13年に現在地へ移築された。現在の本殿は、寛永12年(1635)に2代目藩主の森長継が再建したもの。
創建は奈良時代の神亀3年(726年)にまで遡り、行基によって開基されたといわれています。平安時代に九条家の祈願所となり、鎌倉時代に源頼朝の命令で梶原景時が再建しました。本尊の薬師如来は国指定の重要文化財。持仏の不動明王と二童子像も国の重要文化財に、本堂…
文化文政時代の頃からこの地方では芝居が盛んで、中島東地区の松神神社に歌舞伎舞台が伝わっています。当時の精巧な回り舞台が保存されており、昭和38年に「岡山県重要有形民俗文化財」に指定され、現在も毎年春に中島東地区の方を中心に公演が開催されています。

雷除けに霊験あらたかなことから、別名を「雷神社」と呼ばれる鴨神社。毎年5月3日に行われる大祭は、雷除けの祭りとして古くから農家の信仰を集めてきました。

開山は応永年間、最初は真言宗の寺院として建立され、その後、提山良山禅師が1679(延宝7)年に入山し、臨済宗永源寺派の末寺(大正14年発行・永源寺宗派図)となり今日に至る。

備前国の戦国大名・浦上宗景により再興された神社で、15世紀代の石鳥居や江戸時代に建立された本殿が残ります。旧赤坂郡式内社のひとつ、宗形三女神を祭神として祀っています。

慶長年間、池田利隆公が子宝に恵まれなかった際、祈祷後たちまち名君と仰がれた光政公が誕生したとされる由緒ある神社です。

森家代々に尊崇された苫東郡苫田郷二ノ宮公方神社
上横野と下横野地区の氏神様で、獅子舞は岡山県指定重要無形民俗文化財です。高田神社の獅子舞は、伝承によると、和銅6(713)年に美作国府が開設されて以来、文化・文政期から明治期にかけては、とくに盛んで人々に悪魔払いとして信仰を受けて来ました。毎年10月第2…

文化11(1814)年に建てられたもので、社殿・唐門・総門の3棟が現存しています。本殿と拝殿とを会いの間でつなぐ権現造で、屋根は共に入母屋造です。

北条早雲の父である、高越城主伊勢新左衛門盛定が建てた伊勢氏の菩提寺で、早雲も改修・造営を行い、祖先の菩提を弔っています。境内にある宝篋印塔は、盛定と早雲の墓と伝えられています。

八塔寺山の深い緑の中、神亀5年弓削道鏡が開基したと伝えられ、今なお当時を偲ばせる寺院です。天台宗・本尊は十一面観音(行基作と伝う)境内裏の首なし地蔵は乳の出に霊験があり、池田光政寄進のつり鏡が現存する。
真言宗の古刹。奈良時代の736年(天平8年)、越後の僧侶智泰澄により開基されたと伝えられています。本尊は十一面観世音菩薩。1404年(応永11年)の紀年名のある鰐口が伝わり、室町時代初期の作と推定される仁王像が山門に安置されています。仁王像は岡山県の指定文化…
平安時代、花山上皇が備中国にご滞在された際、この地に伏見稲荷大社(京都府)を勧進されたのが始まり。戦国時代から歴代の備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきました。
739年に創建されたお寺。約1,500坪ある境内は、周囲を120mに及ぶ石垣と城壁のような白壁に囲まれ、「白鷺が羽を広げたような」偉容を誇っています。
那須与一が屋島の合戦の功績として与えられた荏原荘に、那須氏が地頭として来地後、菩提寺として開基したと言われています。境内には、与一が屋島の合戦で弓を引く際に破り捨てた片袖を祀ったという袖神稲荷があります。また、寺の北東の山中には与一を供養する五輪塔…
温泉街の中央に位置する温泉薬師堂は、失ったものが帰ってくるお薬師様として信仰を集めています。また、薬師堂のすく横からは、湯原温泉の源泉がこんこんと湧き出ています。薬湯としてお清めができます。

江戸時代初期の元和4年(1618年)建築の入母屋造り、本瓦葺きの建物です。桃山時代の建築様式を伝える装飾に富んだ建物です。

江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
宝暦8年から行われている伝統の獅子舞
天安元年(857年)美作一宮中山神社から勧請して祠頭大明寺と称し、今日の西粟倉村、旧東粟倉村のうち知社、筏津、川東を除いた地域と兵庫県に編入されている奥海を加えた広大な地域の総鎮守です。
門前から約150の石段が山門へ続く。奈良時代の高僧報恩大師が建立した備前48ヶ所寺の一つとされ、現存するのは江戸時代後期の建築と見られる本堂と山門。
通称名は垪和郷一の宮(ハガゴウイチノミヤ)。一宮八幡神社の獅子舞は、県指定無形民俗文化財に指定されています。

神社の屋根瓦や木の彫刻飾りでは昔話やおとぎ話の世界が楽しめます
南北朝時代の1351年(正平6年)5月5日の創建で備中杉山城の守護神です。杉山山頂には杉山城の主郭と軍神社がありましたが、のちに軍神社は杉山麓に奉遷され、1909年(明治42年)頃に再建されました。奥の院は奉遷の頃に杉山山頂に創建されたようです。神様は二人で、①…

消渇神社の主神である一豊姫は、戦国時代末の天文永録年間、この備中国後月郡(現在の岡山県井原市高屋町)で活躍した豪族・藤井能登守皓玄の姫でした。社家の伝承によれば、姫は日頃身体病弱で天照大神少彦名命大国主命を厚く信仰していたのですが、年壮にして激甚な…
里庄富士のふもとの小高い丘陵にあります。白壁と老松がめぐり優美な鐘楼堂、銅板屋根の本堂や山門などの諸堂があり、甍を垂れ閑静にして端正なたたずまいです。