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和気氏政庁跡の南側に位置し、出土の瓦から奈良時代に建てられた古代和気氏の氏寺「藤野寺」があったといわれています。
京都の石清水八幡宮の別宮として、平安時代中期に創建されたと伝えられており、祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を祀っています。本殿は国指定の重要文化財です。10月1日~下旬までの約1ヶ月間続く「吉川八幡宮当番祭」は、10歳前後の男の子が当人となり、古式にの…

800年の歴史ある会陽(裸祭り)の開催も
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…

南北朝時代に創建された古寺で、「バンバ踊り」が伝承されています。仏教寺本堂前の石段の中段に建立してある仁王門。その左右に配されていた金剛力士像。向かって右側の阿形像の脊部内面左肩に「建長元年巳酉三月二十日」の墨書があります。二駆とも檜材の寄木造で、…

伊弉諾命、伊弉冊命を祭神とする神社。創建は平安時代の末期、久寿2年(1155年)。寛文11年(1671年)に建立された中山造りの本殿は入母屋造銅板葺の造りで、真庭市指定の文化財となっています。
慶長年間、池田利隆公が子宝に恵まれなかった際、祈祷後たちまち名君と仰がれた光政公が誕生したとされる由緒ある神社です。

通称名は垪和郷一の宮(ハガゴウイチノミヤ)。一宮八幡神社の獅子舞は、県指定無形民俗文化財に指定されています。

江戸時代初期の元和4年(1618年)建築の入母屋造り、本瓦葺きの建物です。桃山時代の建築様式を伝える装飾に富んだ建物です。

本殿は、棟札によると1703年(元禄16年)の建築で、檜皮葺、流れ造り三間社です。2本の丸柱を建てて内々陣をつくり、平面的には、中世的な性格をもったものです。妻の部分は、二重虹梁、大瓶束、蟇股、支輪を使用して、美しい構成になっており、江戸中期に完成された…
消渇神社の主神である一豊姫は、戦国時代末の天文永録年間、この備中国後月郡(現在の岡山県井原市高屋町)で活躍した豪族・藤井能登守皓玄の姫でした。社家の伝承によれば、姫は日頃身体病弱で天照大神少彦名命大国主命を厚く信仰していたのですが、年壮にして激甚な…


大きな木々の間を抜けると、正楽寺の鐘楼が迎えてくれます。
奈良時代に報恩大師の開基した名刹で、藩主 池田公三代の信仰があつかった。中国33観音霊場第3番札所で、陽明学の熊沢蕃山や山田方谷ゆかりの地であり、高野山真言宗準別格本山としての落着いた伽藍配置が美しい。
開山は応永年間、最初は真言宗の寺院として建立され、その後、提山良山禅師が1679(延宝7)年に入山し、臨済宗永源寺派の末寺(大正14年発行・永源寺宗派図)となり今日に至る。
広く美作地方一円の人々から古来より「学問の神」「書の神」として崇敬され、信仰を集めています。受験シーズンには合格祈願が毎年行われています。

現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
1577年(正徳5年)に建立された清水寺。県指定の無形文化財の奇祭、「護法祭」が伝承されています。五穀豊穣、天下泰平を祈願し、毎年5月15日深夜に行われます。護法善神が修験者らの祈りつけにより、行を終えて身を清めた「護法実」と呼ばれる人物の身に乗り移り、「…

菅原道真が筑紫へ左遷されたとき、途中で船から降りて丘にあがり、真水を汲んで、その水で墨をすり、歌を一首詠んだ所といわれ、その跡に創建されたのがこの神社とされています。

平安時代、花山上皇が備中国にご滞在された際、この地に伏見稲荷大社(京都府)を勧進されたのが始まり。戦国時代から歴代の備中松山城主の崇敬が厚く、社殿の造営や寄進などが行われてきました。
境内には御神木として崇められている推定樹齢660年の大杉があり、目通り周囲5.4m、樹高約40m。美作県民局の名木百選です。

熱心な日蓮宗徒であったと伝えられる浮田土佐守こと宇喜多忠家が、天正9(1581)年に起工し、同11(1583)年に完成しました。棟札より慶安4(1648)年に大修理が行われたことがわかっており、創建当時の豪壮な桃山建築の特色を残しています。

美作三大社の1つで主祭神に神武天皇の父にあたる「彦波限建鵜茸草茸不合尊」を、相殿には中山神社の主祭神「鏡作神」と美作総社宮の主祭神「大己貴命」を祀っています。

那須与一が屋島の合戦の功績として与えられた荏原荘に、那須氏が地頭として来地後、菩提寺として開基したと言われています。境内には、与一が屋島の合戦で弓を引く際に破り捨てた片袖を祀ったという袖神稲荷があります。また、寺の北東の山中には与一を供養する五輪塔…
江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主森忠政の津山城築城に際して城南の覗山(のぞきやま)に移り、さらに慶長13年に現在地へ移築された。現在の本殿は、寛永12年(1635)に2代目藩主の森長継が再建したもの。
真言宗の古刹。奈良時代の736年(天平8年)、越後の僧侶智泰澄により開基されたと伝えられています。本尊は十一面観世音菩薩。1404年(応永11年)の紀年名のある鰐口が伝わり、室町時代初期の作と推定される仁王像が山門に安置されています。仁王像は岡山県の指定文化…
延喜元年(901年)に創建された真言宗の由緒ある古いお寺。約80枚の花鳥の彩色画からなる天井絵は、郷土の文人が寛政9年(1797年)に描いたもので、真庭市の指定文化財にもなっています。
門前から約150の石段が山門へ続く。奈良時代の高僧報恩大師が建立した備前48ヶ所寺の一つとされ、現存するのは江戸時代後期の建築と見られる本堂と山門。
寺伝によると、729年(天平元年)行基菩薩が創建し、1543年(天文12年)もしくは1547年(天文16年)に現在地に移転されました。現在の本堂は棟札から1726年(享保11年)に再建されたものです。
739年に創建されたお寺。約1,500坪ある境内は、周囲を120mに及ぶ石垣と城壁のような白壁に囲まれ、「白鷺が羽を広げたような」偉容を誇っています。
国指定重要文化財の不動明王坐像、地蔵菩薩立像が安置されているほか、境内には大樹「モッコク」があり、井原市の天然記念物に指定されています。
江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
創建は奈良時代の神亀3年(726年)にまで遡り、行基によって開基されたといわれています。平安時代に九条家の祈願所となり、鎌倉時代に源頼朝の命令で梶原景時が再建しました。本尊の薬師如来は国指定の重要文化財。持仏の不動明王と二童子像も国の重要文化財に、本堂…
文化文政時代の頃からこの地方では芝居が盛んで、中島東地区の松神神社に歌舞伎舞台が伝わっています。当時の精巧な回り舞台が保存されており、昭和38年に「岡山県重要有形民俗文化財」に指定され、現在も毎年春に中島東地区の方を中心に公演が開催されています。

神社の屋根瓦や木の彫刻飾りでは昔話やおとぎ話の世界が楽しめます
南北朝時代の1351年(正平6年)5月5日の創建で備中杉山城の守護神です。杉山山頂には杉山城の主郭と軍神社がありましたが、のちに軍神社は杉山麓に奉遷され、1909年(明治42年)頃に再建されました。奥の院は奉遷の頃に杉山山頂に創建されたようです。神様は二人で、①…

里庄富士のふもとの小高い丘陵にあります。白壁と老松がめぐり優美な鐘楼堂、銅板屋根の本堂や山門などの諸堂があり、甍を垂れ閑静にして端正なたたずまいです。
奈良時代(760年)に報恩大師によって創建されました。再興と火災の後、江戸時代に建てられた三重塔と仁王門は今でも現存しています。境内には春の梅や桜、秋には紅葉が彩りを添え、絵巻物のような優雅な時間を過ごすことができます。