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池に映える朱色の鳥居と紅葉が美しい
創建は奈良時代は天平勝宝年間、この地で山岳修行をしていた報恩大師によるものとされています。雨乞いの神である竜神様、八大龍王と、豊作の神であるお稲荷様、最上稲荷が渾然一体となった民間信仰の霊場でした。宗派は、かつて天台宗であった時期があり、日蓮宗に改…

「総社」は国中の神社を巡拝する慣しの不便をはぶくため、平安末期に国府の近くに造られるようになったもので、備中国の総社は324社の神々をひとつに祀った社です。

桜井宮覚仁親王と冷泉宮頼仁親王が、隠岐で亡くなった父君である後鳥羽上皇の一周忌供養のために、1240(仁治元)年に建立したものと伝えられています。

中世の美作の政治の中心地だった、国指定の史跡
中世の美作の政治の中心地で、院庄の館(いんのしょうのやかた)だった国指定の史跡です。鎌倉時代の末頃、後醍醐天皇が隠岐に流される途中にこの館に泊まり、その際児島高徳が館の庭の桜の幹を削って十字の漢詩を書いて天皇を慰めたという故事により、明治2年に創建…

金山寺は備前48ヵ寺の根本道場として栄えた名刹です。報恩大師により749年に開山。平安末期に栄西禅師が入山し、灌室、菩薩堂などを建立しました。毎年2月の第1土曜に県内で最も古い会陽「金山寺会陽」が行われます。

森忠正公によって城下の守護神として造営された神社
聖武天皇の御代天平5(733)年の創祀と伝えられている神社です。当初は現在の津山市小田中の地にありましたが、天文8(1539)年火災に遭い社殿や宝物などことごとく焼失しました。慶長8(1603)年美作の国18万6500石の国守大名として入封した森忠政公(森蘭丸の弟)が…

美作三十三カ所観音五番霊場で、本尊は観世音菩薩。本寺には1774(安永3)年に泰禅上人によって求められたという大般若経六百巻があり、仁王門には一対の金剛力士が安置されています。観音寺の裏手には、西日本最大級で岡山県では最大の前方後方墳「植月寺山古墳」が…

1658年(万治元年)、備中松山藩主水谷公が玉島港を開く際、干拓工事の成功を祈って出羽の羽黒神社を勧請した神社です。屋根の上には烏天狗の鬼瓦があり、今では町おこしのシンボルとなっています。

古くから「くるまどさん」の愛称で親しまれ、牛馬の守護神として崇敬され、今尚山陰方面からの講参りが連綿として今日まで続いています。古来より牛馬守護の神としてはもとより、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。境内には樹齢400年を超す杉が立…

延歴9年(790年)和気清麻呂が氏祖弟彦王も配祀したとの社伝を持ちます。「天永3年(1112年)、大神主和気朝臣欽行」の棟札が今に伝わっています。

天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…

静寂な境内が趣深い山上の寺
標高430mの山上にある寺で、老杉古柏も鬱蒼とした静寂な境内が情緒ある風情を醸し出しています。木山寺の創建は、遠く弘仁6年(815年)の初冬。高祖弘法大師が美作の地を訪れた際、木樵姿の翁がこの霊山に大師を導き、仏堂建立にふさわしい地であると説きました。この…

812(弘仁3)年弘法大師の創建と伝えられる古刹で、江戸時代には、松山城主水谷氏の外護を受け、京都仁和寺の中本寺として栄えました。雲海がたなびく標高500mの山上にあり、平安時代の山岳仏教の姿を色濃く残しています。
日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。

瀬戸内海地方各地にある蛇神信仰「道通様」の総本宮的神社
猿田彦命を主祭神とする西日本随一の神社で、商売繁盛、出世海運、交通安全の神として広く信仰を集めています。また、中四国の瀬戸内海地方各地にある「道通様」という蛇神信仰の総本宮的な地位を占めており、腹痛や神経痛に御利益があるとされています。

平安中期、村上天皇の御世955(天暦9)年に創建。木野山山頂に奥宮があり、山麓に里宮が鎮座する。
湯郷温泉の高台に鎮座する神社
湯郷温泉の高台に鎮座する湯神社は、国造りの神「大己貴命(おおなむちのみこと)」、医薬の神「少名彦命(すくなひこのみこと)」を主祭神とし、大自然の調和を司る「大山祇命(おおやまつみのみこと)」、縁むすび・交通安全など諸願成就の神「誉田別命(ほんだわけ…

戦国時代に岡山の宇喜多勢と安芸の毛利勢がこの地で激突した際、宇喜多勢の総大将・宇喜多与太郎基家は足を失傷し竹やぶへ隠れましたが、村人が探索の武士に居場所を教えたため、与太郎は捕らえられました。その後、村人が与太郎へのおわびと供養のため、また足の悪い…

名瀑を前に鎮座する開運の守護神。
江戸時代中期の元禄10年(1697年)に津山藩主の森長武によって再建された入母屋造り・平入りの一間社。鎌倉時代の様式・構造を基本として、細部には江戸中期の華麗な意匠が随所に見られます。別名「滝宮神社」と呼ばれ、開運招福の守護神であり、祈雨に顕著な霊験があ…

真言宗に属する笠岡遍照時の末寺。弘法大師が大同元年(806年)に唐の国から帰国する際に白石島に立ち寄り、37日間の修行を行なったと伝えられています。

行基(667生749没)の開基と伝えられ、寛永年中(1624~43年)に字槍原より現地に移り、薬師院万福寺の称を日光院真福寺と改め、権大僧都光範が中興開山となりました。美作国七福神霊場所(弁財天)で智識・学芸の神様。知恵、記憶、名誉福徳を授ける七福神の中の唯一…

素盞鳴命・大国主命・少名彦名命の三方が神として祀られています。現在の社殿は元禄8年(1695年)に再建されたもので、社殿の正面に長い廊下、境内の周りには堀が巡るなど、地方の神社では立派なたたずまいを見せています。

庭瀬領主・戸川達安の妹が嫁ぎ先の宇喜多家で他界した際、母親である妙承尼(常山城主友林院殿の室)が娘の冥福を願い、達安もまた妹の死を哀れむとともに、妙承尼の心のうちを察してその願望を叶えようと考え開創した。
熱心な日蓮宗徒であったと伝えられる浮田土佐守こと宇喜多忠家が、天正9(1581)年に起工し、同11(1583)年に完成しました。棟札より慶安4(1648)年に大修理が行われたことがわかっており、創建当時の豪壮な桃山建築の特色を残しています。

毎年4月下旬~5月上旬に「ぼたん・シャクヤク祭り」を開催。
寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

1441年(嘉吉元年)、芳井町の天神山に開かれた臨済宗仏通寺派のお寺です。重玄寺を開いた千畝和尚(せんみょうおしょう)は近衛家の生れといわれ、天皇家、近衛家ゆかりの宝物が今に伝えられています。また重玄寺は室町時代に活躍した画僧・雪舟が亡くなった場所と伝…

一山一寺多院制を今に伝える竹久夢二ゆかりの古刹
低い丘陵地帯に鎮座する静円寺は真言宗の寺院。730(天平2)年、行基による創建とされています。その後、報恩大師によって備前四十八カ寺に選ばれた名刹。桃山時代に再建され、1688~1704年(元禄年間)に現在の地に移転されました。かつては33坊の大伽藍でしたが、火…

安倍晴明ゆかりの神社
寄島町の鎮守の森、大浦神社は997年、安倍晴明がその霊地に応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の三神を祭り、地方の氏神とした、と伝えられています。社殿は当初、三郎島の霊地にまつられていましたが、永禄年中、鴨方藩の細川通董公により現在の地に移されました。境内地…

津山市一宮にある中山神社の奥にあるのが「猿神社」です。今昔物語26巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在、猿田彦神として祀られています。牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今もなお、ぬいぐるみの小猿を奉納する風習が残っています。

三重県の朝熊山・金剛證寺と福島県の霊厳山・圓蔵寺とともに「日本三所虚空蔵菩薩」と称されている。源氏・北条氏・足利氏など遠方より寄進し信仰したと伝えられ、近世では大阪商人達が商売繁盛を願って寄進し参詣したという。また、子どもの生まれて初めての厄除け『…

1533(天文2)年に法印精良上人が開山し、1692(元禄5)年に現在の場所に移転しました。1812(文化9)年の大火で本堂を焼失しましたが、弘法大師自作28体のひとつとされている大師像は自ら本堂より抜け出て難を逃れたといわれています。その夜、眼に火傷を負った僧侶…

800年の歴史ある会陽(裸祭り)の開催も
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…

国の重要文化財に指定されている宝塔は、総高約4m。花崗岩製。南北朝時代の貞和2年(1346)の造立。石造宝塔としては県下最大のもの。

天明年間(1781~1788年)頃、伊予の国 宇和島藩家老の山家(やんべ)清近衛公頼を祭った宇和島の和霊神社の分霊を祭ったとみられます。悪疫を鎮め、勝運の神様として近郷の人々から崇拝されていました。

桜の隠れ名所
標高50メートルにある貴船神社は隠れたる花の名所。境内にはおよそ80本の桜並木や樹齢100年を超える桜の大木のほか、沈丁花、山茶花、ロウバイ、こぶし、ハナミズキ、モッコウバラなど多種類の花木が植栽されており、四季を通して様々な表情を楽しむことができる。(…

標高200mを超える山頂にある本殿
起源については不明ですが、奈良時代には社が存在したと伝えられています。一時廃社同様になりましたが、江戸時代、岡山藩主池田光政の崇敬により再興しました。明治以降参拝者は次第に増加し、家内安全・厄災消除、武運長久の神社として、岡山県内のみならず、近県の…
別名大宮様とも呼ばれ、この神社に伝わる「大宮踊」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。宝物の奉納太刀三口が真庭市の指定文化財に指定されているほか、神像、古面、狛犬など、文化財の多い神社。境内にある大きな銀杏の木は樹齢650年といわれています。

「当人祭」で知られる厳かな神社
梶並地区に鎮座する、613年創建(現在の社殿は1856年)の由緒ある神社。流造桧皮葺の本殿、入母家造で桧皮葺正面唐破風の向拝をつけた曲線屋根の美しい拝殿があります。参道には樹齢350年のスギ、ケヤキの巨樹がそびえ立ち、樹齢150年のツバキも境内に古の景観を添え…
