観光スポット
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名勝として知られた、里山に広がる石庭
大通寺は743年に開基されたと伝わる曹洞宗の古刹です。書院の北側に広がる池泉観賞式庭園は別名「石寿園」とも呼ばれています。矢掛の庭師が江戸時代後期に21年間という長い月日をかけて築いたものです。池や滝の間にさまざまな石が絶妙のバランスで配され、変化に富…

812(弘仁3)年弘法大師の創建と伝えられる古刹で、江戸時代には、松山城主水谷氏の外護を受け、京都仁和寺の中本寺として栄えました。雲海がたなびく標高500mの山上にあり、平安時代の山岳仏教の姿を色濃く残しています。
小堀遠州作の枯山水庭園が素晴らしい
頼久寺は足利尊氏が諸国に建立させた安国寺のひとつと言われ、庭園は国指定の名勝となっています。庭園は備中国奉行として当地に赴任していた小堀遠州が築いた枯山水で、遠州庭園の原点が見える庭として注目されています。江戸初期の完成で、桃山後期の特徴が表れてお…

津山藩主森忠政の息女の安産祈願で無事に安産されたことと、森家の家臣山口彦左衛門がマムシの難に会い、祈願をしたところ全快し、安産とマムシ除けに霊験あらたかといわれています。福力荒神社旧正月例大祭は、毎年1月最終土曜日から3日間開催され、大祭に参詣すれば…

その昔、3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる「星尾降神伝説」の残る神社で、別名「星の宮」と呼ばれています。全国からたくさんの七夕短冊が届けられ、毎年「七夕祈願祭」で焚き上げて天へ願いを届けてくれます。

秋の古刹で紅葉を愛でる
もみじ寺といわれ親しまれている観音寺。境内を彩るもみじの紅葉風景は心を打たれます。階段を下りると岩肌がそのまま残る手彫りの文殊洞があり壮観な姿を見せてくれます。■美作市の紅葉スポット紹介記事はこちら

本源寺は慶長12(1607)年建立された津山藩主森家の菩提寺。装飾性あふれる霊屋と表門は、寛永16(1639)年の建立で、江戸前期の霊廟建築として貴重である。霊屋背後には森忠政等の大型五輪塔墓があり、石敷の参道や石灯籠とともに、津山藩主一門の菩提所としての威厳…

金太郎のモデルが葬られた場所
童話などで知られている金太郎は、源頼光の四天王として活躍した坂田金時(さかたのきんとき)がモデルとされ、金太郎は坂田金時の幼名です。静岡で生まれた坂田金時は、九州へ向かう途中寒さと雪に阻まれ、現在の勝央町にしばらく滞在しました。その際に、金時は重い…

三重県の朝熊山・金剛證寺と福島県の霊厳山・圓蔵寺とともに「日本三所虚空蔵菩薩」と称されている。源氏・北条氏・足利氏など遠方より寄進し信仰したと伝えられ、近世では大阪商人達が商売繁盛を願って寄進し参詣したという。また、子どもの生まれて初めての厄除け『…

毎年恒例の子供会陽は冬の風物詩
江戸時代に開墾された沖新田の産土神として建立され、1709(宝永6)年に現在地に遷宮した。道通宮は高松城水攻めで有名な武将、清水宗治とゆかりが深く、1800(寛政12)年に子孫が当地に社殿を遷し、沖田神社の末社となった。開墾の際、潮止め工事を成功させようと人…

弘法寺常行堂は、天明元年(1781年)に再建されたもので、瀬戸内市指定重要文化財となっています。本尊の尊顔を礼拝できるよう、上層部の正面中央部に窓が設けられています。

子授けの神様としても古くから信仰
久米南町と赤磐市との境に鎮座する「金勢大明神」は、夜尿症や腰から下の病気にご利益があり、子授けの神様としても古くから信仰されており、全国から参拝者が絶えません。神社には願いが叶った参拝者が持参する男性器を模した供え物が数多く奉納されています。

湯郷温泉の高台に鎮座する神社
湯郷温泉の高台に鎮座する湯神社は、国造りの神「大己貴命(おおなむちのみこと)」、医薬の神「少名彦命(すくなひこのみこと)」を主祭神とし、大自然の調和を司る「大山祇命(おおやまつみのみこと)」、縁むすび・交通安全など諸願成就の神「誉田別命(ほんだわけ…

標高60メートルほどの里山に位置し、一山一寺多院制の貴重なお寺
上寺山 餘慶寺は、愛山護法の思いを持って、善い行いを積み重ねてきた歴史あるお寺。愛山とは、お山を大切にしますという意味が込められており、ここでいう山はお寺の山号さんごうのことで、餘慶寺では「上寺山」となる。護法とは、私たちの人生の大切な道しるべであ…

創建等については不詳であるが、「へら取り」という社名は全国でもここだけで、古くは海若宮と呼ばれていました。火難・盗難除けに霊験があるとして、県下はもとより、近県にまで知られています。付近一帯は、箆取公園となっていて、さくらの名所でもあります。

1658年(万治元年)、備中松山藩主水谷公が玉島港を開く際、干拓工事の成功を祈って出羽の羽黒神社を勧請した神社です。屋根の上には烏天狗の鬼瓦があり、今では町おこしのシンボルとなっています。

首部(こうべ)という珍しい地名の場所にある神社。境内にある首塚は温羅伝説ゆかりの場所であり、首部の地名はこれに由来していると言われています。鳥居をくぐり、参道の階段を登ると、お尻をあげた姿勢の「構え獅子」と呼ばれる岡山では珍しい型の狛犬が配置されて…

色とりどりのあじさいが参道を彩る
備前市大内にある大滝山西法院は、通称あじさい寺と呼ばれています。その愛称通り、参道には色とりどりのあじさいが咲き、訪れる方の心を癒しています。

金ボタルが乱舞する、幻想的な風景に感動!
新見市にある天王八幡神社は金ボタルの生息地として岡山県の天然記念物に指定されています。珍しい種類の金ボタルは、別名ヒメボタルと呼ばれています。ホタルの光によって“金色の世界”が広がる時期は、森の中を舞う幻想的なホタルを見るために多くの観光…

津山市一宮にある中山神社の奥にあるのが「猿神社」です。今昔物語26巻にみえる「中山の猿」の霊を祀るとされ、現在、猿田彦神として祀られています。牛馬の安産守護の神として信仰を受け、今もなお、ぬいぐるみの小猿を奉納する風習が残っています。

写経体験もできる由緒ある寺
天平10年(738年)、聖武天皇の勅命によって開山されたと伝わる由緒ある寺で、「山陽花の寺二十四か寺」の第十三番札所でもあります。築400年の本坊では愛染明王を拝観でき、見事な日本庭園とともに藩主の使っていた部屋、京都御所勅使の駕籠など多くの寺宝を見ること…

715年、行基菩薩により本宮山山頂に正法寺として開創され、鎌倉時代中期の大火により現在の地に移築再建されました。その後、一時は塔中14ヶ坊、末寺6ヶ寺をもつほどの隆盛を極めましたが、江戸時代に2度の大火にあい、現在の本堂は1846年に再建されたもの。天井には…

かつて寺域二町十坊一院と豪壮をうたわれた古寺
1403年(応永10年)に播磨の国主・赤松則興の追善供養のために阿闇梨日伝によって開かれました。戦国時代には、寺域が2町(約2万平方メートル)余に及び、1院と10の坊が立ち並ぶ大寺院でした。後に戦国大名となった黒田家(官兵衛の曽祖父・高政など)や宇喜多家(直…

戦国時代に岡山の宇喜多勢と安芸の毛利勢がこの地で激突した際、宇喜多勢の総大将・宇喜多与太郎基家は足を失傷し竹やぶへ隠れましたが、村人が探索の武士に居場所を教えたため、与太郎は捕らえられました。その後、村人が与太郎へのおわびと供養のため、また足の悪い…

日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。

「老いても嫁の手を煩わすことなく、健康で幸せな生涯をまっとうできる」という霊験があり、そのため「嫁不要(よめいらず)の観音様」と呼ばれています。

桜井宮覚仁親王と冷泉宮頼仁親王が、隠岐で亡くなった父君である後鳥羽上皇の一周忌供養のために、1240(仁治元)年に建立したものと伝えられています。

社殿は元禄14年(1701)4月、天保13年3月に造営し現在に至る。大正6年4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。大正6年10月4日神饌幣帛供進神社に指定。

井原市西江原町の「永祥寺」境内にある稲荷で、当地にゆかりのある那須与一が屋島の合戦で扇の的を射抜くとき、破り捨てた袖を祀っています。別名「一発稲荷」として多くの受験生が願かけに訪れます。

桜の隠れ名所
標高50メートルにある貴船神社は隠れたる花の名所。境内にはおよそ80本の桜並木や樹齢100年を超える桜の大木のほか、沈丁花、山茶花、ロウバイ、こぶし、ハナミズキ、モッコウバラなど多種類の花木が植栽されており、四季を通して様々な表情を楽しむことができる。(…

「勝」が重なる縁起の良い神社
かつて出雲街道の宿場町として栄えた勝央町の中心・勝間田にある神社です。学問の神・菅原道真が祀られていることと、神社名・地名(勝田郡勝央町勝間田)と合わせ4つの「勝」が重なることから縁起がいいとされ、試験や試合に臨む人が多く参拝しています。


国の重要文化財に指定されている宝塔は、総高約4m。花崗岩製。南北朝時代の貞和2年(1346)の造立。石造宝塔としては県下最大のもの。

岡山県下最古の木造塔建築!
明徳年間(1350年頃)に真言宗の寺院になった長福寺は、奈良時代(757年)、唐の高僧鑑真和尚が開基したと伝えられています。当初は真木山(まきさん)の山頂にありましたが、度重なる火災により、昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。高さ約…

岩間山本山寺(美作西国33所観音霊場 第1番)大宝元年(701年)頼観上人の創建で本尊は観世音菩薩。古くから山岳仏教の道場、庶民信仰の霊地として崇敬されていました。長承元年(1132年)に稲岡ノ庄(現久米南町)の漆間時国夫妻が参詣され誕生したのが、後の浄土宗…

奈良時代に建てられた備前48ヶ寺のひとつ
奈良時代孝謙天皇の勅願で報恩大師の建てた備前48ヶ寺の1つとの寺伝を持っています。

安倍晴明ゆかりの神社
寄島町の鎮守の森、大浦神社は997年、安倍晴明がその霊地に応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の三神を祭り、地方の氏神とした、と伝えられています。社殿は当初、三郎島の霊地にまつられていましたが、永禄年中、鴨方藩の細川通董公により現在の地に移されました。境内地…

梅雨の季節が楽しみになるあじさい寺
津山の南にある神南備山のふもとに静かに構える長法寺は「あじさい寺」として親しまれています。明治6年の津山城取り壊しの際、アジサイを描いた腰高障子(現在は市指定重要文化財)が贈られ、それをきっかけにアジサイが植えられ始めました。今では梅雨の季節になる…

金光教発祥の地
毎年4月と10月には大祭が行われ、全国から多くの参拝者が訪れます。門前町の大谷地区は、明治から現在に至るまでの建物が混在し、懐古的な街並みです。

天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…
