観光スポット
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宗忠大神を生誕の地である岡山市北区上中野に祀った神社
宗忠大神(黒住教の教祖 黒住宗忠)を、生誕の地である岡山市北区上中野(通称・大元)に祀った神社です。学徳向上、家内円満、病気平癒、事業繁栄の開運の神様として知られています。毎年4月に行われる「御神幸」は、御鳳輦を中心に千余人が延々1キロにわたる絢爛華…

色とりどりのあじさいが参道を彩る
備前市大内にある大滝山西法院は、通称あじさい寺と呼ばれています。その愛称通り、参道には色とりどりのあじさいが咲き、訪れる方の心を癒しています。

樹齢800年以上の御神木に龍が出現!
本殿は入母屋造銅板葺き(市指定文化財)。904年(延喜4年)に上中津井高丸山に勧請され、1168年(仁安3年)に当地に移されましたが、火災で一部を焼失したため、1787年(天明7年)に再建されました。明神式の大鳥居は高さ10.4mで備北一の規模を誇ります。参道入口の…

名瀑を前に鎮座する開運の守護神。
江戸時代中期の元禄10年(1697年)に津山藩主の森長武によって再建された入母屋造り・平入りの一間社。鎌倉時代の様式・構造を基本として、細部には江戸中期の華麗な意匠が随所に見られます。別名「滝宮神社」と呼ばれ、開運招福の守護神であり、祈雨に顕著な霊験があ…

1658年(万治元年)、備中松山藩主水谷公が玉島港を開く際、干拓工事の成功を祈って出羽の羽黒神社を勧請した神社です。屋根の上には烏天狗の鬼瓦があり、今では町おこしのシンボルとなっています。

名勝として知られた、里山に広がる石庭
大通寺は743年に開基されたと伝わる曹洞宗の古刹です。書院の北側に広がる池泉観賞式庭園は別名「石寿園」とも呼ばれています。矢掛の庭師が江戸時代後期に21年間という長い月日をかけて築いたものです。池や滝の間にさまざまな石が絶妙のバランスで配され、変化に富…

津山藩主森忠政の息女の安産祈願で無事に安産されたことと、森家の家臣山口彦左衛門がマムシの難に会い、祈願をしたところ全快し、安産とマムシ除けに霊験あらたかといわれています。福力荒神社旧正月例大祭は、毎年1月最終土曜日から3日間開催され、大祭に参詣すれば…

瀬戸内海地方各地にある蛇神信仰「道通様」の総本宮的神社
猿田彦命を主祭神とする西日本随一の神社で、商売繁盛、出世海運、交通安全の神として広く信仰を集めています。また、中四国の瀬戸内海地方各地にある「道通様」という蛇神信仰の総本宮的な地位を占めており、腹痛や神経痛に御利益があるとされています。

弘法寺常行堂は、天明元年(1781年)に再建されたもので、瀬戸内市指定重要文化財となっています。本尊の尊顔を礼拝できるよう、上層部の正面中央部に窓が設けられています。

湯郷温泉の高台に鎮座する神社
湯郷温泉の高台に鎮座する湯神社は、国造りの神「大己貴命(おおなむちのみこと)」、医薬の神「少名彦命(すくなひこのみこと)」を主祭神とし、大自然の調和を司る「大山祇命(おおやまつみのみこと)」、縁むすび・交通安全など諸願成就の神「誉田別命(ほんだわけ…

境内にある首塚は温羅伝説ゆかりの場所
首部(こうべ)という珍しい地名の場所にある神社。境内にある首塚は温羅伝説ゆかりの場所であり、首部の地名はこれに由来していると言われています。鳥居をくぐり、参道の階段を登ると、お尻をあげた姿勢の「構え獅子」と呼ばれる岡山では珍しい型の狛犬が配置されて…

池に映える朱色の鳥居と紅葉が美しい
創建は奈良時代は天平勝宝年間、この地で山岳修行をしていた報恩大師によるものとされています。雨乞いの神である竜神様、八大龍王と、豊作の神であるお稲荷様、最上稲荷が渾然一体となった民間信仰の霊場でした。宗派は、かつて天台宗であった時期があり、日蓮宗に改…

開龍寺にかぶさるような迫力のある巨石が見どころ
真言宗に属する笠岡遍照時の末寺。弘法大師が大同元年(806年)に唐の国から帰国する際に白石島に立ち寄り、37日間の修行を行なったと伝えられています。

江戸時代後期の作られた見事な作りの本堂
715年、行基菩薩により本宮山山頂に正法寺として開創され、鎌倉時代中期の大火により現在の地に移築再建されました。その後、一時は塔中14ヶ坊、末寺6ヶ寺をもつほどの隆盛を極めましたが、江戸時代に2度の大火にあい、現在の本堂は1846年に再建されたもの。天井には…

ご祭神は、昔話「うらしまたろう」の乙姫様
ご祭神は豊玉姫命こと竜宮城伝説(うらしまたろうが出てくる昔話)の乙姫様です。昔、玉比咩神社のあたりは入江となっており、その境内にある「立石」と言われる巨岩は珍しく、人々は舟をとめ、しばしばここへ訪れました。この立石から、ある夜、火の玉が三つ飛び出し…

奈良時代に建てられた備前48ヶ寺のひとつ
奈良時代孝謙天皇の勅願で報恩大師の建てた備前48ヶ寺の1つとの寺伝を持っています。

「老いても嫁の手を煩わすことなく、健康で幸せな生涯をまっとうできる」という霊験があり、そのため「嫁不要(よめいらず)の観音様」と呼ばれています。

秋の古刹で紅葉を愛でる
もみじ寺といわれ親しまれている観音寺。境内を彩るもみじの紅葉風景は心を打たれます。階段を下りると岩肌がそのまま残る手彫りの文殊洞があり壮観な姿を見せてくれます。■美作市の紅葉スポット紹介記事はこちら

本堂、多宝塔、仁王門は県の重要文化財に指定されています。岡山藩主池田綱政公が後楽園の借景として建立に着手、次の藩主池田継政公の時代に完成した多宝塔があります。県下2番目の規模があり、「見かえりの塔」とも呼ばれています。

北条早雲の父である、高越城主伊勢新左衛門盛定が建てた伊勢氏の菩提寺で、早雲も改修・造営を行い、祖先の菩提を弔っています。境内にある宝篋印塔は、盛定と早雲の墓と伝えられています。

時を決めて思いを託す知る人ぞ知る稲荷神社
知る人ぞ知る想いを託す稲荷神社として話題のスポットで、正式名称は「時切稲荷神社」。「○月○日までに○○を見つけてください」と時を決めてお祈りすると、不思議なことにその日までになくしたものが出てくると言われています。また、写真撮影用に狐面が設置してあるの…

3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる伝説の残る神社
その昔、3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる「星尾降神伝説」の残る神社で、別名「星の宮」と呼ばれています。全国からたくさんの七夕短冊が届けられ、毎年「七夕祈願祭」で焚き上げて天へ願いを届けてくれます。

素盞鳴命・大国主命・少名彦名命の三方が神として祀られています。現在の社殿は元禄8年(1695年)に再建されたもので、社殿の正面に長い廊下、境内の周りには堀が巡るなど、地方の神社では立派なたたずまいを見せています。
平安時代の末期、1183年(寿永3年)に開創された古刹の寺。病気平癒・厄除祈願特にがん封じのお寺としてたくさんの方々が参拝しています。四季を通じて様々な美しい花々を楽しむこともできます。
「勝」が重なる縁起の良い神社
かつて出雲街道の宿場町として栄えた勝央町の中心・勝間田にある神社です。学問の神・菅原道真が祀られていることと、神社名・地名(勝田郡勝央町勝間田)と合わせ4つの「勝」が重なることから縁起がいいとされ、試験や試合に臨む人が多く参拝しています。

日本刀の聖地・長船を巡ろう
備前長船刀匠の霊を供養する備前・刀工菩提寺。江戸時代以降、水害の難を逃れて長船鍛冶の伝統を守り続けた横山祐定家。その後の刀工、横山元之進祐定が寄進した梵鐘(市指定文化財)が置かれている。

毎年恒例の子供会陽は冬の風物詩
江戸時代に開墾された沖新田の産土神として建立され、1709(宝永6)年に現在地に遷宮した。道通宮は高松城水攻めで有名な武将、清水宗治とゆかりが深く、1800(寛政12)年に子孫が当地に社殿を遷し、沖田神社の末社となった。開墾の際、潮止め工事を成功させようと人…

寛和年間(985~987)、花山法皇の開基といわれています。真言宗に属し、本尊は薬師瑠璃光王如来で、50年毎に秘仏御開帳法要があります。昭和58年に『男はつらいよ』のロケが行われました。

天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…

日本刀の聖地・長船を巡ろう
刀工たちの刀剣魂を育み、見守り続けた天王社。新田義貞に敗れた足利尊氏は、九州へ下向する途中この地で再起を祈願したといわれています。願いが叶って東上のとき再び立ち寄り、お礼として日向国から持ち帰った松を寄進したとの伝承があります。日本刀の絵柄が入った…

椿の花を敷きつめた真紅の絨毯は必見!
圀勝寺の境内には樹高8m、樹齢350年を超えるといわれる、立派な大椿があります(町指定天然記念物)。4月上旬~中旬にかけて八重の花をつけ、落ちた花が樹下に真紅の絨毯を織り成します。深い緑の葉と色鮮やかな赤い花々の対比は息をのむほどに美しい風景。毎年4月の…

社殿は元禄14年(1701)4月、天保13年3月に造営し現在に至る。大正6年4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。大正6年10月4日神饌幣帛供進神社に指定。

江戸前期の霊廟建築として貴重なお寺
本源寺は慶長12(1607)年建立された津山藩主森家の菩提寺。装飾性あふれる霊屋と表門は、寛永16(1639)年の建立で、江戸前期の霊廟建築として貴重である。霊屋背後には森忠政等の大型五輪塔墓があり、石敷の参道や石灯籠とともに、津山藩主一門の菩提所としての威厳…

岩間山本山寺(美作西国33所観音霊場 第1番)大宝元年(701年)頼観上人の創建で本尊は観世音菩薩。古くから山岳仏教の道場、庶民信仰の霊地として崇敬されていました。長承元年(1132年)に稲岡ノ庄(現久米南町)の漆間時国夫妻が参詣され誕生したのが、後の浄土宗…

【両山寺本堂】江戸中期に津山藩主森長盛公が寄進したといわれている本格的仏殿です。本堂は入母屋(いりもや)造りで、正面には唐破風(からはふう)造りの向拝(こうはい)が付いています。その向拝に施された、古風で美しい絵柄の「ひきまた」と「こうりょう」、木…

「総社」は国中の神社を巡拝する慣しの不便をはぶくため、平安末期に国府の近くに造られるようになったもので、備中国の総社は324社の神々をひとつに祀った社です。

剣豪・宮本武蔵ゆかりの神社
宮本武蔵の生家跡のとなりにある武蔵ゆかりの神社。主祭神は大己貴命。「暴れん坊たけぞう」と呼ばれ幼少期をこの土地で過ごした宮本武蔵は、讃甘(さのも)神社の宮司が打つ2本の太鼓のバチさばき・音の響きに興味を持ち、二刀流を思いついたと言われています。造り…

梅雨の季節が楽しみになるあじさい寺
津山の南にある神南備山のふもとに静かに構える長法寺は「あじさい寺」として親しまれています。明治6年の津山城取り壊しの際、アジサイを描いた腰高障子(現在は市指定重要文化財)が贈られ、それをきっかけにアジサイが植えられ始めました。今では梅雨の季節になる…

延歴9年(790年)和気清麻呂が氏祖弟彦王も配祀したとの社伝を持ちます。「天永3年(1112年)、大神主和気朝臣欽行」の棟札が今に伝わっています。
