観光スポット
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杉並木の参道が神々しい秘境神社
室町時代中期の1444年(文安元年)の建造。入母屋造り・平入り・檜皮葺きの三間社の建物で、後世の改修跡がありますが、室町時代の優れた創造性を残しています。

首部(こうべ)という珍しい地名の場所にある神社。境内にある首塚は温羅伝説ゆかりの場所であり、首部の地名はこれに由来していると言われています。鳥居をくぐり、参道の階段を登ると、お尻をあげた姿勢の「構え獅子」と呼ばれる岡山では珍しい型の狛犬が配置されて…

良寛をはじめ多数の高僧が修行した寺院
白華山にある円通寺は、奈良時代に行基によって開創されたと伝えられる曹洞宗の古刹で、良寛など多数の高僧が住山・修行した寺院として知られています。毎週日曜日の朝には「円通寺坐禅会」が行われています。

かつて寺域二町十坊一院と豪壮をうたわれた古寺
1403年(応永10年)に播磨の国主・赤松則興の追善供養のために阿闇梨日伝によって開かれました。戦国時代には、寺域が2町(約2万平方メートル)余に及び、1院と10の坊が立ち並ぶ大寺院でした。後に戦国大名となった黒田家(官兵衛の曽祖父・高政など)や宇喜多家(直…

遣唐使として唐に渡った吉備真備公を祀る神社
遣唐使として唐に渡った吉備真備公を祀る神社です。学問に秀でていた真備公にあやかろうと、受験シーズンには多くの受験生が参拝します。大臣宮のある一帯は吉備真備公園として整備され、手打うどんで有名な館址亭などがあります。

ご祭神は、昔話「うらしまたろう」の乙姫様
ご祭神は豊玉姫命こと竜宮城伝説(うらしまたろうが出てくる昔話)の乙姫様です。昔、玉比咩神社のあたりは入江となっており、その境内にある「立石」と言われる巨岩は珍しく、人々は舟をとめ、しばしばここへ訪れました。この立石から、ある夜、火の玉が三つ飛び出し…

参拝者は、備前焼製の子牛をお供えする神社
鳥居はあるものの社殿がない珍しい神社です。かつては飼い牛の病気平癒が祈願されていましたが、現在は家内安全、五穀豊穣、商売繁盛も祈願され、特に1月5日の牛神社大祭では多くの参拝者が訪れます。お参りする人は備前焼製の子牛(参道脇でも販売)をお供えし、すで…

森忠正公によって城下の守護神として造営された神社
聖武天皇の御代天平5(733)年の創祀と伝えられている神社です。当初は現在の津山市小田中の地にありましたが、天文8(1539)年火災に遭い社殿や宝物などことごとく焼失しました。慶長8(1603)年美作の国18万6500石の国守大名として入封した森忠政公(森蘭丸の弟)が…

四国金比羅宮の分霊を移し祀られています。
1660年代に四国金比羅宮の分霊を移し祀られています。山頂に登ると日詰山の展望台があり、加茂郷が一望できます。

3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる伝説の残る神社
その昔、3つの流れ星が美星町に落ちたと伝えられる「星尾降神伝説」の残る神社で、別名「星の宮」と呼ばれています。全国からたくさんの七夕短冊が届けられ、毎年「七夕祈願祭」で焚き上げて天へ願いを届けてくれます。

毎年恒例の子供会陽は冬の風物詩
江戸時代に開墾された沖新田の産土神として建立され、1709(宝永6)年に現在地に遷宮した。道通宮は高松城水攻めで有名な武将、清水宗治とゆかりが深く、1800(寛政12)年に子孫が当地に社殿を遷し、沖田神社の末社となった。開墾の際、潮止め工事を成功させようと人…

900年の悠久の時を生き、時代の変遷を見守り続けてきた大イチョウ
古びた本堂や素朴な石積みが、うっそうとした杉木立に囲まれ、千数百年の霊地としての風格が漂っています。浄土宗知恩院派の寺院で、浄土宗の開祖・法然上人が幼年時代に修行した寺として知られています。もとは法相宗の寺で、奈良時代に行基が開いたとも、持統天皇の…

寛和年間(985~987)、花山法皇の開基といわれています。真言宗に属し、本尊は薬師瑠璃光王如来で、50年毎に秘仏御開帳法要があります。昭和58年に『男はつらいよ』のロケが行われました。

小堀遠州作の枯山水庭園が素晴らしい
頼久寺は足利尊氏が諸国に建立させた安国寺のひとつと言われ、庭園は国指定の名勝となっています。庭園は備中国奉行として当地に赴任していた小堀遠州が築いた枯山水で、遠州庭園の原点が見える庭として注目されています。江戸初期の完成で、桃山後期の特徴が表れてお…

県南部の秀峰熊山から流れる渓谷に配置された寺院が自然美と調和し落ち着いて風情がある。特に紅葉時が良い。福生寺は、天平勝宝年間に鑑真和尚が開基と伝えられており、足利義教によって再興されたもので、三重塔、仁王門など、往時をしのぶものがある。三重塔は、室…

「勝」が重なる縁起の良い神社
かつて出雲街道の宿場町として栄えた勝央町の中心・勝間田にある神社です。学問の神・菅原道真が祀られていることと、神社名・地名(勝田郡勝央町勝間田)と合わせ4つの「勝」が重なることから縁起がいいとされ、試験や試合に臨む人が多く参拝しています。

弘法寺常行堂は、天明元年(1781年)に再建されたもので、瀬戸内市指定重要文化財となっています。本尊の尊顔を礼拝できるよう、上層部の正面中央部に窓が設けられています。

桜井宮覚仁親王と冷泉宮頼仁親王が、隠岐で亡くなった父君である後鳥羽上皇の一周忌供養のために、1240(仁治元)年に建立したものと伝えられています。


時を決めて思いを託す知る人ぞ知る稲荷神社
知る人ぞ知る想いを託す稲荷神社として話題のスポットで、正式名称は「時切稲荷神社」。「○月○日までに○○を見つけてください」と時を決めてお祈りすると、不思議なことにその日までになくしたものが出てくると言われています。また、写真撮影用に狐面が設置してあるの…

妙法寺は1615年頃建立され、鶴山から南新座に移され現在の場所に。美作における日蓮宗最大の寺院といわれ、本堂は岡山県指定重要文化財、鐘楼(しょうろう)と鰐口(わにぐち)は、津山市指定重要文化財です。鰐口には、“慶長18年(1614)年暦9月21日作州津山富…

「ゆるぎ岩」と呼ばれる、受験生に人気のパワースポット
赤磐市惣分地区にある「岩神神社」は、拝殿奥に祀られる巨石群を御神体として、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祭神としています。御神体は約5メートルの巨石がわずかな支点で支えられ、落ちそうで落ちないことから「ゆるぎ岩」と呼ばれています。これだけ大きい…

備中国風土記逸文『宮瀬川』(みやせがわ)によると、賀陽郡に『伊勢御神社』(いせのみかみのやしろ)の東に河があり、河の西に『吉備建日子命宮』(きびたけひこのみことのみや)があるので、この河を『宮瀬川』と称した、とある。この『伊勢御神社』を、神明神社(…
岩間山本山寺(美作西国33所観音霊場 第1番)大宝元年(701年)頼観上人の創建で本尊は観世音菩薩。古くから山岳仏教の道場、庶民信仰の霊地として崇敬されていました。長承元年(1132年)に稲岡ノ庄(現久米南町)の漆間時国夫妻が参詣され誕生したのが、後の浄土宗…

「総社」は国中の神社を巡拝する慣しの不便をはぶくため、平安末期に国府の近くに造られるようになったもので、備中国の総社は324社の神々をひとつに祀った社です。

宗忠大神(黒住教の教祖 黒住宗忠)を、生誕の地である岡山市北区上中野(通称・大元)に祀った神社です。学徳向上、家内円満、病気平癒、事業繁栄の開運の神様として知られています。毎年4月に行われる「御神幸」は、御鳳輦を中心に千余人が延々1キロにわたる絢爛華…

中世の美作の政治の中心地だった、国指定の史跡
中世の美作の政治の中心地で、院庄の館(いんのしょうのやかた)だった国指定の史跡です。鎌倉時代の末頃、後醍醐天皇が隠岐に流される途中にこの館に泊まり、その際児島高徳が館の庭の桜の幹を削って十字の漢詩を書いて天皇を慰めたという故事により、明治2年に創建…

岡山県下最古の木造塔建築!
明徳年間(1350年頃)に真言宗の寺院になった長福寺は、奈良時代(757年)、唐の高僧鑑真和尚が開基したと伝えられています。当初は真木山(まきさん)の山頂にありましたが、度重なる火災により、昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。高さ約…

椿の花を敷きつめた真紅の絨毯は必見!
圀勝寺の境内には樹高8m、樹齢350年を超えるといわれる、立派な大椿があります(町指定天然記念物)。4月上旬~中旬にかけて八重の花をつけ、落ちた花が樹下に真紅の絨毯を織り成します。深い緑の葉と色鮮やかな赤い花々の対比は息をのむほどに美しい風景。毎年4月の…

標高200mを超える山頂にある本殿
起源については不明ですが、奈良時代には社が存在したと伝えられています。一時廃社同様になりましたが、江戸時代、岡山藩主池田光政の崇敬により再興しました。明治以降参拝者は次第に増加し、家内安全・厄災消除、武運長久の神社として、岡山県内のみならず、近県の…
名勝として知られた、里山に広がる石庭
大通寺は743年に開基されたと伝わる曹洞宗の古刹です。書院の北側に広がる池泉観賞式庭園は別名「石寿園」とも呼ばれています。矢掛の庭師が江戸時代後期に21年間という長い月日をかけて築いたものです。池や滝の間にさまざまな石が絶妙のバランスで配され、変化に富…

曹洞宗の寺院。廃寺状態だったこの寺の復興のため、現住職の岩垣正道(しょうどう)さんがはじめた趣味の版画を襖に貼ったのをきっかけに、今では襖絵、天井絵、掛軸など約300点あまりを展示し「版画寺」として有名になっています。日本だけでなく、ロンドンやニュー…

天台宗の寺院。山号は大雄山。本尊は千手千眼観世音菩薩
奈良時代に報恩大師が創建した備前四十八ヶ寺の一つと伝えられる古刹。戦国大名・宇喜多家や岡山藩主・池田家の尊崇が厚く、ゆかりの古文書や用具などが伝わっている。安永10(1781)年再建の本堂は、県下でも最大級の規模を持ち、瀬戸内市の重要文化財に指定されてい…

松連寺真言宗御室派仁和寺の中本寺で、本尊は大日如来。現在の寺は明暦3年(1657)、市内奥万田より備中松山藩主・水谷伊勢守勝隆により移築されたものです。武家諸法度で城の新築は禁止され修理も難しい時代に、城の砦として築いたことは、城郭づくりそのままの石垣…

国指定重要文化財の不動明王坐像、地蔵菩薩立像が安置されているほか、境内には大樹「モッコク」があり、井原市の天然記念物に指定されています。
金光教発祥の地
毎年4月と10月には大祭が行われ、全国から多くの参拝者が訪れます。門前町の大谷地区は、明治から現在に至るまでの建物が混在し、懐古的な街並みです。

子授けの神様としても古くから信仰
久米南町と赤磐市との境に鎮座する「金勢大明神」は、夜尿症や腰から下の病気にご利益があり、子授けの神様としても古くから信仰されており、全国から参拝者が絶えません。神社には願いが叶った参拝者が持参する男性器を模した供え物が数多く奉納されています。


池に映える朱色の鳥居と紅葉が美しい
創建は奈良時代は天平勝宝年間、この地で山岳修行をしていた報恩大師によるものとされています。雨乞いの神である竜神様、八大龍王と、豊作の神であるお稲荷様、最上稲荷が渾然一体となった民間信仰の霊場でした。宗派は、かつて天台宗であった時期があり、日蓮宗に改…

日本刀の聖地・長船を巡ろう
刀工たちの刀剣魂を育み、見守り続けた天王社。新田義貞に敗れた足利尊氏は、九州へ下向する途中この地で再起を祈願したといわれています。願いが叶って東上のとき再び立ち寄り、お礼として日向国から持ち帰った松を寄進したとの伝承があります。日本刀の絵柄が入った…
