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通称名は垪和郷一の宮(ハガゴウイチノミヤ)。一宮八幡神社の獅子舞は、県指定無形民俗文化財に指定されています。

鎌倉時代末期の13世紀に創建された西身延(にしみのぶ)と呼ばれる古刹。日蓮宗西国布教の拠点となりました。本堂は、県の重要文化財に指定されており、境内の番神堂は、国の重要文化財に指定されています。

寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

標高200mを超える山頂にある本殿
起源については不明ですが、奈良時代には社が存在したと伝えられています。一時廃社同様になりましたが、江戸時代、岡山藩主池田光政の崇敬により再興しました。明治以降参拝者は次第に増加し、家内安全・厄災消除、武運長久の神社として、岡山県内のみならず、近県の…

名瀑を前に鎮座する開運の守護神。
江戸時代中期の元禄10年(1697年)に津山藩主の森長武によって再建された入母屋造り・平入りの一間社。鎌倉時代の様式・構造を基本として、細部には江戸中期の華麗な意匠が随所に見られます。別名「滝宮神社」と呼ばれ、開運招福の守護神であり、祈雨に顕著な霊験があ…

天台宗開祖・伝教大師最澄(さいちょう)の高弟、慈覚大師円仁の開山。1666(寛文6)年、池田光政による寺社整理で焼き払われましたが、1681(天和元)年、信亮法師が現在の地に龍城院として法燈を中興し継承しました。庭園は、徳島嵯峨派の庭師による江戸時代の造庭…
慶長6年に開かれた顕本法華宗の寺院です。天井絵をはじめ極彩色で彩られた内装と、華やかな彫刻をもち、豪華な桃山建築の特徴がみられます。

剣豪・宮本武蔵ゆかりの神社
宮本武蔵の生家跡のとなりにある武蔵ゆかりの神社。主祭神は大己貴命。「暴れん坊たけぞう」と呼ばれ幼少期をこの土地で過ごした宮本武蔵は、讃甘(さのも)神社の宮司が打つ2本の太鼓のバチさばき・音の響きに興味を持ち、二刀流を思いついたと言われています。造り…

清瀧寺は弘仁12年(821年)人皇52代嵯峨天皇の勅旨により弘法大師が開基されたものと伝えられている。
奈良時代の和銅年間(707~715年)以前の創建と伝えられている古社です。大隅神社の神輿は、1842年に造られたもので、津山市の重要有形民俗文化財となっています。

950年の歴史をもつ備前加茂大祭の行われる境内にはその歴史を物語るかのように樹齢約500~600年ものスギ、ヒノキ、イチョウの巨木がうっそうと繁り、静かなたたずまいを今に残しています。

奈良時代に建てられた備前48ヶ寺のひとつ
奈良時代孝謙天皇の勅願で報恩大師の建てた備前48ヶ寺の1つとの寺伝を持っています。


和気氏政庁跡の南側に位置し、出土の瓦から奈良時代に建てられた古代和気氏の氏寺「藤野寺」があったといわれています。
奈良時代に報恩大師の開基した名刹で、藩主 池田公三代の信仰があつかった。中国33観音霊場第3番札所で、陽明学の熊沢蕃山や山田方谷ゆかりの地であり、高野山真言宗準別格本山としての落着いた伽藍配置が美しい。
宝暦8年から行われている伝統の獅子舞
天安元年(857年)美作一宮中山神社から勧請して祠頭大明寺と称し、今日の西粟倉村、旧東粟倉村のうち知社、筏津、川東を除いた地域と兵庫県に編入されている奥海を加えた広大な地域の総鎮守です。
800年の歴史ある会陽(裸祭り)の開催も
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…
本殿は、棟札によると1703年(元禄16年)の建築で、檜皮葺、流れ造り三間社です。2本の丸柱を建てて内々陣をつくり、平面的には、中世的な性格をもったものです。妻の部分は、二重虹梁、大瓶束、蟇股、支輪を使用して、美しい構成になっており、江戸中期に完成された…
県南部の秀峰熊山から流れる渓谷に配置された寺院が自然美と調和し落ち着いて風情がある。特に紅葉時が良い。福生寺は、天平勝宝年間に鑑真和尚が開基と伝えられており、足利義教によって再興されたもので、三重塔、仁王門など、往時をしのぶものがある。三重塔は、室…
一山一寺多院制を今に伝える竹久夢二ゆかりの古刹
低い丘陵地帯に鎮座する静円寺は真言宗の寺院。730(天平2)年、行基による創建とされています。その後、報恩大師によって備前四十八カ寺に選ばれた名刹。桃山時代に再建され、1688~1704年(元禄年間)に現在の地に移転されました。かつては33坊の大伽藍でしたが、火…

現在の社殿は1888年の改築で、境内にある奥御前神社は「狼様(おおかみさま)」と呼ばれ、盗難悪疫除けの神として広く民間の信仰を集めています。

真言宗に属する笠岡遍照時の末寺。弘法大師が大同元年(806年)に唐の国から帰国する際に白石島に立ち寄り、37日間の修行を行なったと伝えられています。

和銅7(714)年6月に開創されたお寺です。昔は鏡野町にありましたが、森忠政が津山城築城のとき、聖徳太子が諸国を遊化され立ち寄られた場所といわれる津山市小田中に移りました。正保年間に、当時の快映上人は四天王寺に詣で太子を拝見し、微妙の尊像を彫刻し御頭に…

京都の石清水八幡宮の別宮として、平安時代中期に創建されたと伝えられており、祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を祀っています。本殿は国指定の重要文化財です。10月1日~下旬までの約1ヶ月間続く「吉川八幡宮当番祭」は、10歳前後の男の子が当人となり、古式にの…

桜の隠れ名所
標高50メートルにある貴船神社は隠れたる花の名所。境内にはおよそ80本の桜並木や樹齢100年を超える桜の大木のほか、沈丁花、山茶花、ロウバイ、こぶし、ハナミズキ、モッコウバラなど多種類の花木が植栽されており、四季を通して様々な表情を楽しむことができる。(…

南北朝時代に創建された古寺で、「バンバ踊り」が伝承されています。仏教寺本堂前の石段の中段に建立してある仁王門。その左右に配されていた金剛力士像。向かって右側の阿形像の脊部内面左肩に「建長元年巳酉三月二十日」の墨書があります。二駆とも檜材の寄木造で、…

平安中期、村上天皇の御世955(天暦9)年に創建。木野山山頂に奥宮があり、山麓に里宮が鎮座する。
備中国風土記逸文『宮瀬川』(みやせがわ)によると、賀陽郡に『伊勢御神社』(いせのみかみのやしろ)の東に河があり、河の西に『吉備建日子命宮』(きびたけひこのみことのみや)があるので、この河を『宮瀬川』と称した、とある。この『伊勢御神社』を、神明神社(…
現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
瀬戸大橋と下津井の町並みを臨む風光明媚な場所にあります。火難除けのご神徳があると言われており、地元では、田之浦の明神様と呼ばれ、拝殿の瓦は「田」の紋になっています。


江戸時代初期の元和4年(1618年)建築の入母屋造り、本瓦葺きの建物です。桃山時代の建築様式を伝える装飾に富んだ建物です。

菅原道真が筑紫へ左遷されたとき、途中で船から降りて丘にあがり、真水を汲んで、その水で墨をすり、歌を一首詠んだ所といわれ、その跡に創建されたのがこの神社とされています。
中山神社・高野神社と並ぶ美作三社の1つであり、神社の創建等は不詳。美作65郷912社を合祀しています。
天明年間(1781~1788年)頃、伊予の国 宇和島藩家老の山家(やんべ)清近衛公頼を祭った宇和島の和霊神社の分霊を祭ったとみられます。悪疫を鎮め、勝運の神様として近郷の人々から崇拝されていました。

奈良時代(760年)に報恩大師によって創建されました。再興と火災の後、江戸時代に建てられた三重塔と仁王門は今でも現存しています。境内には春の梅や桜、秋には紅葉が彩りを添え、絵巻物のような優雅な時間を過ごすことができます。
弘法大師が開創した真言宗の古刹
真鍋島の本浦集落の高台にある、真言宗の古刹です。平安時代(795年)に弘法大師によって開創。江戸時代に火災で焼失しましたが、1793年に再建。以来修復を行いながら大切に守られているお寺です。
