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松連寺真言宗御室派仁和寺の中本寺で、本尊は大日如来。現在の寺は明暦3年(1657)、市内奥万田より備中松山藩主・水谷伊勢守勝隆により移築されたものです。武家諸法度で城の新築は禁止され修理も難しい時代に、城の砦として築いたことは、城郭づくりそのままの石垣…

別名大宮様とも呼ばれ、この神社に伝わる「大宮踊」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。宝物の奉納太刀三口が真庭市の指定文化財に指定されているほか、神像、古面、狛犬など、文化財の多い神社。境内にある大きな銀杏の木は樹齢650年といわれています。

1441年(嘉吉元年)、芳井町の天神山に開かれた臨済宗仏通寺派のお寺です。重玄寺を開いた千畝和尚(せんみょうおしょう)は近衛家の生れといわれ、天皇家、近衛家ゆかりの宝物が今に伝えられています。また重玄寺は室町時代に活躍した画僧・雪舟が亡くなった場所と伝…

金山寺は備前48ヵ寺の根本道場として栄えた名刹です。報恩大師により749年に開山。平安末期に栄西禅師が入山し、灌室、菩薩堂などを建立しました。毎年2月の第1土曜に県内で最も古い会陽「金山寺会陽」が行われます。

曹洞宗の寺院。廃寺状態だったこの寺の復興のため、現住職の岩垣正道(しょうどう)さんがはじめた趣味の版画を襖に貼ったのをきっかけに、今では襖絵、天井絵、掛軸など約300点あまりを展示し「版画寺」として有名になっています。日本だけでなく、ロンドンやニュー…


毎年4月下旬~5月上旬に「ぼたん・シャクヤク祭り」を開催。
寺伝によると823年から832年頃に弘法大師が開山し、当初は「極楽山雲清寺」という寺号だった古刹です。後醍醐天皇も隠岐に流される時に立ち寄ったと伝わります。のちに火災で焼失したが15世紀半ばに再興し、「極楽山清眼寺」に改号しました。

美作三大社の1つで主祭神に神武天皇の父にあたる「彦波限建鵜茸草茸不合尊」を、相殿には中山神社の主祭神「鏡作神」と美作総社宮の主祭神「大己貴命」を祀っています。

中山神社・高野神社と並ぶ美作三社の1つであり、神社の創建等は不詳。美作65郷912社を合祀しています。
鎌倉時代末期の13世紀に創建された西身延(にしみのぶ)と呼ばれる古刹。日蓮宗西国布教の拠点となりました。本堂は、県の重要文化財に指定されており、境内の番神堂は、国の重要文化財に指定されています。

瀬戸大橋と下津井の町並みを臨む風光明媚な場所にあります。火難除けのご神徳があると言われており、地元では、田之浦の明神様と呼ばれ、拝殿の瓦は「田」の紋になっています。

天明年間(1781~1788年)頃、伊予の国 宇和島藩家老の山家(やんべ)清近衛公頼を祭った宇和島の和霊神社の分霊を祭ったとみられます。悪疫を鎮め、勝運の神様として近郷の人々から崇拝されていました。

八塔寺山の深い緑の中、神亀5年弓削道鏡が開基したと伝えられ、今なお当時を偲ばせる寺院です。天台宗・本尊は十一面観音(行基作と伝う)境内裏の首なし地蔵は乳の出に霊験があり、池田光政寄進のつり鏡が現存する。
温泉街の中央に位置する温泉薬師堂は、失ったものが帰ってくるお薬師様として信仰を集めています。また、薬師堂のすく横からは、湯原温泉の源泉がこんこんと湧き出ています。薬湯としてお清めができます。

子授けの神様としても古くから信仰
久米南町と赤磐市との境に鎮座する「金勢大明神」は、夜尿症や腰から下の病気にご利益があり、子授けの神様としても古くから信仰されており、全国から参拝者が絶えません。神社には願いが叶った参拝者が持参する男性器を模した供え物が数多く奉納されています。

森忠正公によって城下の守護神として造営された神社
聖武天皇の御代天平5(733)年の創祀と伝えられている神社です。当初は現在の津山市小田中の地にありましたが、天文8(1539)年火災に遭い社殿や宝物などことごとく焼失しました。慶長8(1603)年美作の国18万6500石の国守大名として入封した森忠政公(森蘭丸の弟)が…

通称名は垪和郷一の宮(ハガゴウイチノミヤ)。一宮八幡神社の獅子舞は、県指定無形民俗文化財に指定されています。

古町の町並み散策の立ち寄りスポット
五穀豊穣や健康などにご利益があるといわれています。【三九郎稲荷の伝説】1615年の大坂落城の際に、豊臣方の首藤右衛門・小林三九郎等数人の武士は、城を脱出し、下庄の平尾九郎兵衛を頼りましたが、狐使いの名人であった三九郎は狐も連れてきていました。この古狐は…
800年の歴史ある会陽で有名
西日本播磨美作七福神のひとつ。客殿裏の枯山水の築山と前庭の亀島は小堀遠州作と伝えられ、当時の石組手法をよく残した県下の代表的な園庭です。前庭には樹齢300年の白木蓮の名木があります。また、安養寺には国の重要文化財に指定されている『木像十一面観音立像』…

県南部の秀峰熊山から流れる渓谷に配置された寺院が自然美と調和し落ち着いて風情がある。特に紅葉時が良い。福生寺は、天平勝宝年間に鑑真和尚が開基と伝えられており、足利義教によって再興されたもので、三重塔、仁王門など、往時をしのぶものがある。三重塔は、室…

安倍晴明ゆかりの神社
寄島町の鎮守の森、大浦神社は997年、安倍晴明がその霊地に応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の三神を祭り、地方の氏神とした、と伝えられています。社殿は当初、三郎島の霊地にまつられていましたが、永禄年中、鴨方藩の細川通董公により現在の地に移されました。境内地…

南北朝時代に創建された古寺で、「バンバ踊り」が伝承されています。仏教寺本堂前の石段の中段に建立してある仁王門。その左右に配されていた金剛力士像。向かって右側の阿形像の脊部内面左肩に「建長元年巳酉三月二十日」の墨書があります。二駆とも檜材の寄木造で、…

慶長8(1603)年に森忠政が美濃金山の涅槃寺を移し作州の菩提寺としたが、元禄11(1698)年に森家の後の津山藩主・松平宣富の祖母の戒名より泰安寺と改め、松平家の菩提寺となりました。美作西国三十三所観音霊場、神名:子安観音

岡山縣護國神社の始まりは、備前藩主池田章政公が1869(明治2)年に戊辰の役戦死者の招魂祭を執り行い、次いで岡山市東山公園内に社殿と碑石を建て奥羽、函館両戦争の戦死者を祭祀したことによる。ご祭神である英霊とは、戊辰戦争から太平洋戦争に至るまでの戦争によ…
森家代々に尊崇された苫東郡苫田郷二ノ宮公方神社
上横野と下横野地区の氏神様で、獅子舞は岡山県指定重要無形民俗文化財です。高田神社の獅子舞は、伝承によると、和銅6(713)年に美作国府が開設されて以来、文化・文政期から明治期にかけては、とくに盛んで人々に悪魔払いとして信仰を受けて来ました。毎年10月第2…

京都の石清水八幡宮の別宮として、平安時代中期に創建されたと伝えられており、祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を祀っています。本殿は国指定の重要文化財です。10月1日~下旬までの約1ヶ月間続く「吉川八幡宮当番祭」は、10歳前後の男の子が当人となり、古式にの…

妙法寺は1615年頃建立され、鶴山から南新座に移され現在の場所に。美作における日蓮宗最大の寺院といわれ、本堂は岡山県指定重要文化財、鐘楼(しょうろう)と鰐口(わにぐち)は、津山市指定重要文化財です。鰐口には、“慶長18年(1614)年暦9月21日作州津山富…

真休寺はもともと、大山普門院と称して大山にあり、隆永上人代、約320年前、明暦年間に住坊が造営され、岡尾山普門院真休寺と称されたといわれています。本尊の彫刻は慈覚大師にして、格式極めて高く、昭和49年に庫裏、本堂の再建されました。春は桜並木が迎えてくれ…

大きな木々の間を抜けると、正楽寺の鐘楼が迎えてくれます。
奈良時代に報恩大師の開基した名刹で、藩主 池田公三代の信仰があつかった。中国33観音霊場第3番札所で、陽明学の熊沢蕃山や山田方谷ゆかりの地であり、高野山真言宗準別格本山としての落着いた伽藍配置が美しい。
報恩大師の備前四十八ヵ寺の一つに加えられた寺
寺縁起によると、天平勝宝年間(749~757年)に鑑真和上が開基し、後に報恩大師の備前四十八ヵ寺の一つに加えられた寺。
樹齢100年以上のしだれ桜が見事なお寺
樹齢100年以上、高さ約15m、枝張り幅約18mのしだれ桜は、見るものを魅了します。さくらの季節にはライトアップも行われ、大勢の人で賑わいます。

旧閑谷学校の敷地内にある神社。学校創設者池田光政公を祀るために1686年(貞享3年)に建てられました。西側に並ぶ聖廟に対して、東御堂ともいいます。内部は金色に輝く光政像が安置されています。建物は聖廟に比べて一まわり小さく、1m低く建てられ、師である孔子に…

備中国風土記逸文『宮瀬川』(みやせがわ)によると、賀陽郡に『伊勢御神社』(いせのみかみのやしろ)の東に河があり、河の西に『吉備建日子命宮』(きびたけひこのみことのみや)があるので、この河を『宮瀬川』と称した、とある。この『伊勢御神社』を、神明神社(…
眼鏡橋とカキツバタのコントラストが美しい
神社の境内にある池一面にカキツバタが咲き、池に架かる眼鏡橋とともに独特の景観を生み出します。

慶長年間、池田利隆公が子宝に恵まれなかった際、祈祷後たちまち名君と仰がれた光政公が誕生したとされる由緒ある神社です。

三重県の朝熊山・金剛證寺と福島県の霊厳山・圓蔵寺とともに「日本三所虚空蔵菩薩」と称されている。源氏・北条氏・足利氏など遠方より寄進し信仰したと伝えられ、近世では大阪商人達が商売繁盛を願って寄進し参詣したという。また、子どもの生まれて初めての厄除け『…

神社の屋根瓦や木の彫刻飾りでは昔話やおとぎ話の世界が楽しめます
南北朝時代の1351年(正平6年)5月5日の創建で備中杉山城の守護神です。杉山山頂には杉山城の主郭と軍神社がありましたが、のちに軍神社は杉山麓に奉遷され、1909年(明治42年)頃に再建されました。奥の院は奉遷の頃に杉山山頂に創建されたようです。神様は二人で、①…

現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
