観光スポット

カテゴリやエリアで検索しよう!

検索結果

187件ありました
並び順
人気順(週間)
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ

旧旭東幼稚園園舎 八角園舎

明治41年(1908)に竣工。設計は岡山県工師江川三郎八。木造平屋建、中央に八角形の遊戯室、その四方に保育室が取り付く梅鉢型平面となっています。幼稚園舎として全国で初めての重文指定を受けました。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10050.html
旧旭東幼稚園園舎 八角園舎

街角ミュゼ牛窓文化館(旧中国銀行牛窓支店)

国の登録有形文化財

大正4年に牛窓銀行本店として建てられ、後に中國銀行牛窓支店として昭和55年まで使われていました。現在は、国の登録文化財に指定され、しおまち唐琴通りを散策する人を癒し、通りの文化を紹介する施設です。※道が狭く、施設には駐車場が無いため、牛窓港周辺の駐車…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11127.html
街角ミュゼ牛窓文化館(旧中国銀行牛窓支店)

旧大國家住宅

江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家で、主屋は宝暦10年(1760年)、蔵座敷は享和元年(1801年)に建築されました。主屋は二階建で、屋根は東西棟の茅葺き入母屋屋根2棟を平行に配置し、その間を直角方向の棟で繋いでいます。蔵座敷は切妻造り本瓦…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11601.html
旧大國家住宅

三星城跡

城の北部分にある登り土塁などは戦国時代末期に見られる技法の一つです。16世紀末まで存在しました。三星城跡のある「三星山」には、毎年8月と12月中旬~1月中旬まで「天」という文字を点灯しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11492.html

楠戸家住宅

楠戸家住宅は東町にあり、「はしまや」の屋号を持つ明治2年創業の呉服店。現在の店構えは明治中期に整えられたとされていて、主屋二階の漆喰を塗り込めた「虫籠窓(むしこまど)」は特徴的な意匠です。楠戸家住宅は、主屋をはじめ米蔵・炭蔵などが平成8年に登録文化財…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10411.html
楠戸家住宅

鬼ノ身城跡

県下では珍しい扇の縄と呼ばれる型式で、城郭は扇を広げたように配置され、四段にわたって構築されています。築城時期は不明ですが、南北朝時代に今川氏、後に上田氏が城主となりました。天正3年(1574)に毛利氏の城攻めを受けて落城し、その後江戸時代初期に廃城と…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10771.html

旧柚木家住宅(西爽亭)

備中松山藩主に諸役として仕えた柚木家の旧宅。江戸中期の建築といわれ、藩主お成りの屋敷でもあった風格ある造りや構えには格別の趣が見られます。また幕末に朝敵となった藩の全責任を負い、藩老熊田恰(くまたあたか)が自刃した屋敷でもあります。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10300.html
旧柚木家住宅(西爽亭)

矢置岩

吉備津神社内にある、大吉備津彦命が温羅(うら)との戦いのときに射た矢を置いたとされる岩です。吉備津神社には祭神である大吉備津彦命が、鬼ノ城に住む温羅を弓矢で退治したという伝説にちなんだ、矢を放って魔を祓い、国家安泰・五穀豊穣を祈る「矢立神事」があり…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10110.html
矢置岩

黄金杉

直径約2.5m、高さが18mあり、葉が一年中黄金色をしている珍しい杉です。推定樹齢は180年ですが、突然変異で葉緑素を失って葉黄素のみとなってしまい、葉が黄金色となりました。岡山県の天然記念物に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11311.html
黄金杉

下山本陣

出雲街道勝間田宿場には諸藩の参勤交代に当って、津山藩主が専用としていた下山本陣と松江・勝山の藩主などが宿泊した木村本陣(出雲本陣)がありました。現在は下山本陣の一部が残っていたものを改修保存し、開放しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11788.html
下山本陣

旧足守藩侍屋敷遺構

県指定重要文化財の足守藩家老・杉原家の居宅

もと足守藩家老の杉原氏の住居。江戸時代中期の武士の書院造り住宅遺構として貴重なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10052.html
旧足守藩侍屋敷遺構

浦間茶臼山古墳

最も古い墳形を示す全長130mの大型前方後円墳。発掘調査により長大な竪穴式石室をはじめ、銅鏡など多数の遺物が出土しました。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10152.html

大谷1号墳

大谷1号墳は大谷・定古墳群のなかでも早くから注目され、調査研究が行われた古墳です。3段の墳丘と前面に2段の基壇をもつ、5段築成の方墳という全国的にもあまり例のないもので、規模は東西で22.7m、南北で16.2m、高さは1段目から墳頂まで8mを測ります。石室は両袖式…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11369.html
大谷1号墳

猿掛城跡

築城年代は定かではありませんが、源平合戦で功のあった庄家長がこの地に築城したのではないかといわれています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11672.html
猿掛城跡

花光寺山古墳

全長96mの前方後円墳です。長持形石棺があり、副葬品として漢式鏡、直刀、環頭太刀、銅鏃、鉄鏃など多数が出土しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11126.html
花光寺山古墳

尾上車山古墳

5世紀ごろ築造の全長140mの大型前方後円墳。浦間茶臼山古墳と並ぶ初期の大型古墳の代表的なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10103.html
尾上車山古墳

丸山古墳

4世紀後半の円墳。東西45m、南北54m。南東側に方形の造出が付属しています。墳丘は2段で3重に埴輪列がめぐっています。全長4m、幅1.5mの竪穴式石室が築かれ、蓋に特殊な彫刻文様を配した刳抜式の石棺が収められ、30数面の青銅鏡のほか多数の優れた副葬品も出土しまし…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11028.html

薄田泣菫生家

明治時代に数多くの詩を発表し、大正時代以降は随筆の分野で多数の読者を魅了した薄田泣菫の家には、彼の詩集のほか、交友のあった芥川龍之介や与謝野晶子などの文人からの資料も展示されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10413.html
薄田泣菫生家

楪城跡

備中北部では、備中松山城(高梁市)に次ぐ規模を誇る山城です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10934.html
楪城跡

鹿歩山古墳

牛窓港背後の鹿歩山(海抜約90m)に築かれた全長約84mの前方後円墳。古墳時代中期後半に築造されたもの。円筒埴輪その他副葬品が多数出土している。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11148.html

かもがた町家公園

日本の歴史公園100選

江戸時代の岡山藩と鴨方支藩を結ぶ街道「旧鴨方往来」沿いに、 町家2棟、倉3棟を忠実に修復した江戸時代の歴史的建築物と伝統植物園を合わせもつ公園で、岡山県内で最も古い築後300年以上の町家(県重要文化財)が残っています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11559.html
かもがた町家公園

築山古墳

前方後円墳。墳頭には約2m×0.9mの家形石棺が剥き出しの状態で置かれています。1907年(明治40年)に鏡、刀、勾玉、管玉などが多数発見され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11160.html
築山古墳

方谷庵

山田方谷が隠棲の後に立てた小庵で、外祖父母を祀る持仏堂と3畳の仏間、3畳の床の間を中心とした平屋の簡素な建物です。県の文化財史跡に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10991.html
方谷庵

院庄館跡(児島高徳伝説地)

美作守護職の館跡。元弘2年(1332年)後醍醐天皇が隠岐へ配流された際、児島高徳が天皇を慕って桜の幹に十字の詩を記したという伝承の地として有名です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10466.html

植月の角土俵

土俵が四角いため、角土俵と呼ばれています。国内に現存し、使用されている唯一のものとされ、「角力」と書いて「すもう」と読みます。毎年隣接する小学校の小学生により、角力大会が奉納されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11779.html
植月の角土俵

矢筈城跡

尼子氏に従って美作に入った草苅氏が天文2(1533)年に築城。城郭の範囲は、東西1.6km、南北0.5kmで、県内最大級の規模。天正12(1584)年に草苅氏が退城するまで約50年間一度も落城しなかったという。石垣、土塁、堀切等の遺構が確認される。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10585.html
矢筈城跡

遺跡&スポーツミュージアム

地下に眠る遺跡と県出身アスリートの資料館

岡山県総合グラウンドの地下には、縄文時代から近代にかけての複合遺跡である津島遺跡が眠っています。昭和46年に一部が国指定史跡に指定されました。さらにその後の発掘調査の結果を受けて、平成14年に史跡の範囲が拡大され、現在に至っています。発掘調査で出土した…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10029.html
遺跡&スポーツミュージアム

土居一里塚

出雲往来の一里塚として津山藩初代藩主の森忠政によって築造されたもので、県下に現存する数少ない一里塚として県指定文化財に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11518.html

三浦邸

旧三浦家別邸。明和元年(1764年)、三河国西尾より移封になり勝山領主となった三浦氏は、明治2年、大政奉還により10代、107年間の歴史に幕を下ろしました。歴代当主は城山の麓(現在の市役所あたり)に屋敷を構えていたものの、城地・建物などはすべて国有となったた…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11334.html
三浦邸

美作千代駅

大正12年、作備線(現在の姫新線)に建てられました。プラットホームや階段は大正時代の面影を残しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10601.html
美作千代駅

幸山城跡

福山西北に独立した高さ164mの小山山頂部分にあります。東西の郭跡や,堀切・土塁状の遺構が見られます。鎌倉時代の終わり頃、備中の豪族 庄資房が初めて築城したと伝えられますが、室町時代中期に細川氏の守護代石川氏が約150年にわたって居城していたとみられてい…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10785.html

備中杉山城跡

多数の遺構と史跡が残る絶景眺望の山城跡

備中杉山城跡の杉山(別名:要害山、標高:226m)は里山づくり活動によって山頂及び遺構場所まで階段が整備されているので中世の山城跡を散策できます。山頂に主郭(本丸)を構え、南北約350mの連郭式山城で要害山と呼ばれるように尾根を除いて険しい谷が続いています…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_15498.html
備中杉山城跡

木下利玄生家

明治19(1886)年に生まれた利玄は足守藩時代最後の藩主を父にもつ歌人です。青年期から短歌革新運動に力を注ぎ白樺派の中心作家として活躍し、口語、俗語なども大胆に取り入れた写実的で平易な「利玄調」の歌風を完成し、歌壇に新風を巻き起こすとともに、明治大正の…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10108.html
木下利玄生家

虎倉城跡(虎倉城)

戦国時代にはこの城を中心に、松田氏・宇喜多氏・毛利氏などによって激烈な争奪戦が繰り広げられた。遺構は、山頂の本丸、二の丸、三の丸の主要な郭をはじめ、石垣、堀切等が確認されている。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10058.html

備前車塚古墳

約48mの前方後方墳で、かつて三角縁神獣鏡11面を含む合計13面の中国鏡が掘り出されています。また、のちの発掘調査によって銅鏡以外の副葬品や葬送儀礼に用いた壺形土器なども明らかになっています。葺石の遺存状態がよく、今も段築成があることや撥形を呈する前方部…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10142.html

岩屋城跡

美作地域の代表的な中世山城遺構。嘉吉元(1441)年に山名教清が築城したもので、戦国時代の戦火で天正18(1590)年に焼失、以後再建されることはなかった。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10478.html
岩屋城跡

浅尾陣屋跡

文久3年(1863)に1万石に加増され、旗本から大名となり、陣屋を新たに築きました。しかし、慶応2年(1866)の倉敷浅尾騒動により襲撃を受け、焼失。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10804.html

小笹丸城跡

本丸、二の丸、三の丸と、段重ねのケーキのように彫りが鋭く、中世城砦の名残を色濃くとどめる城址です。また、遠藤周作氏の小説「反逆」の舞台としても有名です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10724.html
小笹丸城跡

佐井田城跡

別名:斉田城、才田城(市指定史跡)佐井田城の築城年代は定かではありませんが、永正14年頃までに植木秀長によって築かれたとされています。永禄11年、岡山城主宇喜多直家が佐井田城を攻撃し、植木氏は宇喜多氏の軍門に。その後の戦乱を経て、天正8年に植木秀資が佐…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11333.html

四ツ塚古墳群

蒜山高原の中央部に16基の円墳があり、代表的な4基を「四ツ塚」と呼びます。その1号墳の石室は片袖式で、天井と壁面に朱を塗り、底部には石と木炭を敷いて水抜きの装置が設けられていました。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11338.html
ページトップへ