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美作河井駅・手動転車台

1931年9月12日開業の、現在も開業当時の木造駅舎がそのまま使われています。また、以前はラッセル車の向きを変えるために使用されていた転車台があります。これは、使用されなくなり土中に埋まっていたのを、鉄道ファンの協力により掘り起こされたものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10600.html
美作河井駅・手動転車台

備前車塚古墳

約48mの前方後方墳で、かつて三角縁神獣鏡11面を含む合計13面の中国鏡が掘り出されています。また、のちの発掘調査によって銅鏡以外の副葬品や葬送儀礼に用いた壺形土器なども明らかになっています。葺石の遺存状態がよく、今も段築成があることや撥形を呈する前方部…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10142.html

浦間茶臼山古墳

最も古い墳形を示す全長130mの大型前方後円墳。発掘調査により長大な竪穴式石室をはじめ、銅鏡など多数の遺物が出土しました。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10152.html

かもがた町家公園

日本の歴史公園100選

江戸時代の岡山藩と鴨方支藩を結ぶ街道「旧鴨方往来」沿いに、 町家2棟、倉3棟を忠実に修復した江戸時代の歴史的建築物と伝統植物園を合わせもつ公園で、岡山県内で最も古い築後300年以上の町家(県重要文化財)が残っています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11559.html
かもがた町家公園

角力取山古墳

吉備の方墳のなかでは最大級

旧山陽道を挟んで作山古墳の500mほど南にある古墳です。36x38mの規模をもち、吉備の方墳のなかでは最大級にはいります。埴輪などから中期前葉の築造が考えられています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10766.html

備前陶器窯跡伊部南大窯跡

榧原山麓にある備前焼を焼いた室町時代から江戸時代の共同窯で、3基の窯(東側窯跡、中央窯跡、西側窯跡)と巨大な物原からなっています。東側窯跡は全長53.8m、全幅3~5m、傾斜角度17度の半地下式の登り窯で単房の窯としては国内で最大規模です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11102.html
備前陶器窯跡伊部南大窯跡

天保窯

江戸後期まで南.北.西.の三大窯で多量生産していた備前焼も、藩の保護の減少や燃料の関係で大窯の融通窯として規模を縮小した三基の小窯が造られ古備前の壷、茶器、花器、角徳利など小形の品が生産された。天保窯は、そのうちの一つ。備前市指定文化財:昭和16年10…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11065.html
天保窯

旧柚木家住宅(西爽亭)

備中松山藩主に諸役として仕えた柚木家の旧宅。江戸中期の建築といわれ、藩主お成りの屋敷でもあった風格ある造りや構えには格別の趣が見られます。また幕末に朝敵となった藩の全責任を負い、藩老熊田恰(くまたあたか)が自刃した屋敷でもあります。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10300.html
旧柚木家住宅(西爽亭)

賞田廃寺跡

珍しい壇上積基壇の遺構も出土

白鳳時代の創建と推定される備前地域では最古の寺院跡。地方寺院には珍しい壇上積基壇の遺構も出土しています。近くには備前国庁跡や唐人塚古墳などもあります。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10136.html
賞田廃寺跡

矢置岩

大吉備津彦命が温羅との戦いの時に射た矢を置いたとされる岩

吉備津神社内にある、大吉備津彦命が温羅(うら)との戦いの時に射た矢を置いたとされる岩です。吉備津神社には祭神である大吉備津彦命が、鬼ノ城に住む温羅を弓矢で退治したという伝説にちなんだ、矢を放って魔を祓い、国家安泰・五穀豊穣を祈る「矢立神事」がありま…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10110.html
矢置岩

矢筈城跡

尼子氏に従って美作に入った草苅氏が天文2(1533)年に築城。城郭の範囲は、東西1.6km、南北0.5kmで、県内最大級の規模。天正12(1584)年に草苅氏が退城するまで約50年間一度も落城しなかったという。石垣、土塁、堀切等の遺構が確認される。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10585.html
矢筈城跡

福山城跡

「太平記」に記された「福山合戦」の地として有名。この城を中心に、新田義貞の武将・大井田氏経の軍と東上する足利直義(足利尊氏の弟)の大軍との間に激しい攻防が行われ、その戦いは三日三晩続いたといわれています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10820.html
福山城跡

寒風古窯跡群

国指定文化財

寒風古窯跡群は7世紀の飛鳥時代を中心とした約100年間にわたり、須恵器が焼かれていたところです。出土遺物は杯や甕など一般的なものの他に、鴟尾や硯、陶棺があり、焼かれた須恵器が奈良の都からも出土することから、単なる地方窯ではなく、半官窯的な性格をもつ窯で…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11128.html
寒風古窯跡群

万富東大寺瓦窯跡

鎌倉時代に奈良東大寺大仏殿を再建した際、その瓦を焼いた窯跡の一つです。大寺山と称する丘陵の南端の畑の上の切り立った崖の斜面に窯跡が現れています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10185.html

大廻小廻山城跡

東アジア情勢が緊迫した7世紀頃に築造されたと推定されています。発掘調査の結果、土塁線や一の木戸等の水門、石塁構造が確認されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10180.html

方谷庵

山田方谷が隠棲の後に立てた小庵で、外祖父母を祀る持仏堂と3畳の仏間、3畳の床の間を中心とした平屋の簡素な建物です。県の文化財史跡に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10991.html
方谷庵

楪城跡

備中北部では、備中松山城(高梁市)に次ぐ規模を誇る山城です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10934.html
楪城跡

猿掛城跡

築城年代は定かではありませんが、源平合戦で功のあった庄家長がこの地に築城したのではないかといわれています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11672.html
猿掛城跡

津山高校旧本館

本館は明治33年に建設されました。屋根部分は寄せ棟造りで、桟瓦ぶき、正面中央にある台形の塔屋にある時計台が印象的で、カーブを描く窓が異国情緒を醸し出しています。イタリア・ルネサンス様式を取り入れた外観は、当時のハイカラな雰囲気を今に伝えています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10545.html
津山高校旧本館

高梁基督教会堂

岡山県で最も古い教会堂

明治22年(1889)に建築された現在県下では最古の教会堂で、キリスト教伝導の跡をたどることが出来るだけでなく、明治洋風建築としても貴重なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10851.html
高梁基督教会堂

龍ノ口城跡

旭川下流東岸の龍ノ口山の山上に築かれた山城です。多数の曲輪を備えた西備前屈指の連郭式城郭です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10113.html

街角ミュゼ牛窓文化館(旧中国銀行牛窓支店)

国の登録有形文化財

大正4年に牛窓銀行本店として建てられ、後に中國銀行牛窓支店として昭和55年まで使われていました。現在は、国の登録文化財に指定され、しおまち唐琴通りを散策する人を癒し、通りの文化を紹介する施設です。※道が狭く、施設には駐車場が無いため、牛窓港周辺の駐車…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11127.html
街角ミュゼ牛窓文化館(旧中国銀行牛窓支店)

王墓山古墳

明治以前の乱掘によって石室は失われ、墳丘は変形しているが、もとは横穴式石室を持つ25mほどの円墳か方墳だったと考えられています。組み合わせ式の家形石棺があります。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10287.html

小笹丸城跡

本丸、二の丸、三の丸と、段重ねのケーキのように彫りが鋭く、中世城砦の名残を色濃くとどめる城址です。また、遠藤周作氏の小説「反逆」の舞台としても有名です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10724.html
小笹丸城跡

植月の角土俵

土俵が四角いため、角土俵と呼ばれています。国内に現存し、使用されている唯一のものとされ、「角力」と書いて「すもう」と読みます。毎年隣接する小学校の小学生により、角力大会が奉納されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11779.html
植月の角土俵

箭田大塚古墳

県下三大巨石古墳の一つ

県下三大巨石古墳の一つで、内部にある石室は、巨大ないくつもの石を精密に組み合わせた横穴式の大空間で、入口の羨道とその奥の玄室に分かれています。6世紀後半の築造と考えられており、直径54m、高さ7mの円墳です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10357.html
箭田大塚古墳

脇本陣木代邸

脇本陣・木代邸は出雲往来の宿場として栄えた新庄宿で脇本陣をつとめた家です。屋号は「向馬場屋」と称し、江戸時代の終わり頃に建てられた幕末を代表する建物で、三列六間取りの大規模家屋です。新庄村指定の文化財で、一般開放しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11711.html
脇本陣木代邸

大多羅寄宮跡

岡山藩主の池田光政が領内の神社11,003社を601社にまとめ、正徳2年(1712)次の藩主である綱政がこのうち5社だけを残して、596社をここに移して合祀した宮跡です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10181.html

鬼ノ身城跡

県下では珍しい扇の縄と呼ばれる型式で、城郭は扇を広げたように配置され、四段にわたって構築されています。築城時期は不明ですが、南北朝時代に今川氏、後に上田氏が城主となりました。天正3年(1574)に毛利氏の城攻めを受けて落城し、その後江戸時代初期に廃城と…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10771.html

両宮山古墳

5世紀後半に造られた前方後円墳で、造山古墳(岡山市)、作山古墳(総社市)に次いで県内3番目の大きさを誇ります。墳丘の周囲は一部が埋没して水田化しているものの水をたたえた周濠(しゅうごう)が巡っており、農業用のため池として改修・再利用されてきました。現…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11265.html
両宮山古墳

下山本陣

出雲街道勝間田宿場には諸藩の参勤交代に当って、津山藩主が専用としていた下山本陣と松江・勝山の藩主などが宿泊した木村本陣(出雲本陣)がありました。現在は下山本陣の一部が残っていたものを改修保存し、開放しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11788.html
下山本陣

院庄館跡(児島高徳伝説地)

美作守護職の館跡。元弘2年(1332年)後醍醐天皇が隠岐へ配流された際、児島高徳が天皇を慕って桜の幹に十字の詩を記したという伝承の地として有名です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10466.html

黄金杉

直径約2.5m、高さが18mあり、葉が一年中黄金色をしている珍しい杉です。推定樹齢は180年ですが、突然変異で葉緑素を失って葉黄素のみとなってしまい、葉が黄金色となりました。岡山県の天然記念物に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11311.html
黄金杉

秦廃寺

飛鳥時代に創建された寺院跡で、塔の心礎は往時の位置に現存しています。出土した軒丸瓦は2種類が確認されていて、第1類は県内最古の飛鳥様式で、第2類は吉備式と呼ばれるものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10800.html

仁科芳雄博士生家

日本原子物理学の先駆者として知られる、仁科芳雄博士の生家を一般公開しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11651.html
仁科芳雄博士生家

丸山古墳

4世紀後半の円墳。東西45m、南北54m。南東側に方形の造出が付属しています。墳丘は2段で3重に埴輪列がめぐっています。全長4m、幅1.5mの竪穴式石室が築かれ、蓋に特殊な彫刻文様を配した刳抜式の石棺が収められ、30数面の青銅鏡のほか多数の優れた副葬品も出土しまし…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11028.html

神楽尾城跡

津山市街の北西にある神楽尾城跡は、山頂の本丸から東側に平屋城、南東に津山城、南西に嵯峨山城が望めます。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10514.html
神楽尾城跡

大多府漁港元禄防波堤

瀬戸内海の大多府島に、池田藩によって元禄11年に築港された大多府港にある港湾施設です。2段に石を積んだ構造で、曲面形状になる堤の築造技術は一見の価値あり。随所に後世の補修が見られますが、現存する数少ない明治期前の港湾施設として大変貴重なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11054.html
大多府漁港元禄防波堤

築山古墳

前方後円墳。墳頭には約2m×0.9mの家形石棺が剥き出しの状態で置かれています。1907年(明治40年)に鏡、刀、勾玉、管玉などが多数発見され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11160.html
築山古墳

花光寺山古墳

全長96mの前方後円墳です。長持形石棺があり、副葬品として漢式鏡、直刀、環頭太刀、銅鏃、鉄鏃など多数が出土しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11126.html
花光寺山古墳
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