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佐井田城跡

別名:斉田城、才田城(市指定史跡)佐井田城の築城年代は定かではありませんが、永正14年頃までに植木秀長によって築かれたとされています。永禄11年、岡山城主宇喜多直家が佐井田城を攻撃し、植木氏は宇喜多氏の軍門に。その後の戦乱を経て、天正8年に植木秀資が佐…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11333.html

方谷庵

山田方谷が隠棲の後に立てた小庵で、外祖父母を祀る持仏堂と3畳の仏間、3畳の床の間を中心とした平屋の簡素な建物です。県の文化財史跡に指定されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10991.html
方谷庵

薄田泣菫生家

明治時代に数多くの詩を発表し、大正時代以降は随筆の分野で多数の読者を魅了した薄田泣菫の家には、彼の詩集のほか、交友のあった芥川龍之介や与謝野晶子などの文人からの資料も展示されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10413.html
薄田泣菫生家

真金一里塚

備前・備中の国境に近い旧山陽道にり、一里塚の様子をよく示しています。道路を挟んで両側に塚があり、北塚に黒松、南塚に榎の巨木がありましたが、枯れたため今は若木が植えられています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10073.html

土居一里塚

出雲往来の一里塚として津山藩初代藩主の森忠政によって築造されたもので、県下に現存する数少ない一里塚として貴重なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11518.html

庭瀬城址

約2,000年前の古代ハス「大賀ハス」を咲かせた大賀一郎氏の出身地。庭瀬城址内濠の7つの升に植えられています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10092.html
庭瀬城址

旧高戸家住宅(伝承館)

鴨方藩の庄屋を世襲し油商等を営んだ家で、藩主の宿泊所や文化人の交流の場として使われた由緒ある町家です。建築年代は1687年に修理をしたという棟札から300年以上を経ており、県内に残る江戸前期の最古の町家であると同時に全国的にも最初期のものです。現在はかも…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11572.html
旧高戸家住宅(伝承館)

寒風古窯跡群

国指定文化財

寒風古窯跡群は7世紀の飛鳥時代を中心とした約100年間にわたり、須恵器が焼かれていたところです。出土遺物は杯や甕など一般的なものの他に、鴟尾や硯、陶棺があり、焼かれた須恵器が奈良の都からも出土することから、単なる地方窯ではなく、半官窯的な性格をもつ窯で…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11128.html
寒風古窯跡群

花光寺山古墳

全長96mの前方後円墳です。長持形石棺があり、副葬品として漢式鏡、直刀、環頭太刀、銅鏃、鉄鏃など多数が出土しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11126.html
花光寺山古墳

浅尾陣屋跡

文久3年(1863)に1万石に加増され、旗本から大名となり、陣屋を新たに築きました。しかし、慶応2年(1866)の倉敷浅尾騒動により襲撃を受け、焼失。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10804.html

神宮寺山古墳

岡山市街地の中にある前方後円墳

市街地の中にある全長150mの前方後円墳で、後円部頂上の天計(あまはかり)神社社殿の床下には竪穴式石室の天井石が露出しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10074.html
神宮寺山古墳

冠山城跡

備中高松城水攻めの前哨戦、加藤清正一番槍の高名で有名な城。足守川東岸にある標高40mほどの独立丘陵上に位置し、丘陵全てを城郭に利用していたと考えられる。最上段に本丸跡があり、城地の名残をよくとどめている。二の丸・三の丸跡は畑地となっている。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10045.html

鍛冶屋谷たたら遺跡附供養塔

中和村との境界に近い山中にある江戸末期から明治20年代にかけて稼動した製鉄遺構。山内にはタタラ跡や作業小屋跡など一連の遺構がよく残っています。

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https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11766.html
鍛冶屋谷たたら遺跡附供養塔

箸立天神伊吹ひば

箸立天満宮境内にある御神木「伊吹ヒバ」は、推定樹齢800年から1,000年といわれ、858年(天安2年)に菅原道真が、長岡庄を経て高田庄へ旅する途中立ち寄った際に、昼食に使った箸を立てたものが育ったと伝えられています。合格祈願の天神様として知られ、受験シーズン…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11400.html
箸立天神伊吹ひば

大多羅寄宮跡

岡山藩主の池田光政が領内の神社11,003社を601社にまとめ、正徳2年(1712)次の藩主である綱政がこのうち5社だけを残して、596社をここに移して合祀した宮跡です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10181.html

賞田廃寺跡

珍しい壇上積基壇の遺構も出土

白鳳時代の創建と推定される備前地域では最古の寺院跡。地方寺院には珍しい壇上積基壇の遺構も出土しています。近くには備前国庁跡や唐人塚古墳などもあります。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10136.html
賞田廃寺跡

遺跡&スポーツミュージアム

地下に眠る遺跡と県出身アスリートの資料館

岡山県総合グラウンドの地下には、縄文時代から近代にかけての複合遺跡である津島遺跡が眠っています。昭和46年に一部が国指定史跡に指定されました。さらにその後の発掘調査の結果を受けて、平成14年に史跡の範囲が拡大され、現在に至っています。発掘調査で出土した…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10029.html
遺跡&スポーツミュージアム

金蔵山古墳

約165mの前方後円墳

約165mの前方後円墳で、操山丘陵の中央にあり上道平野を見渡すことができる絶好の位置にあります。1953年に発掘調査され、二つの竪穴式石槨が確認されました。どちらも石列と埴輪列による方形区画がめぐらされていて、出土品から4世紀末5世紀初頭の築造と考えられてい…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10134.html

那須与一の墓

1185年2月19日、四国屋島の合戦で弱冠17歳の那須与一は、扇の的を見事一矢で射落とした軍功により備中荏原荘など5ヵ所の領地を賜りました。この墓は古くから扇の的一射必中の故事にあやかって願い事がかなうと伝えられてきました。近頃、特に高校・大学受験の合格を祈…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10741.html

美作国分寺跡

吉井川近くの台地上に所在する古代寺院。主要伽藍が判明し、遺構の残存状況は良好である。出土した瓦から中央との強い関係が想定され、古代美作国の政治情勢を示す上でも重要である。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10575.html

三成古墳

昭和52年墓地造成工事中に発見され、53年に岡山県教育委員会が発掘調査をしました。5世紀初頭頃の前方後方墳で全長35m、前方部と後方部にそれぞれ箱式石棺を持ち、そのどちらにも2体の被葬者がほとんど完全な形でうちちがいに葬られており、後方部からは径12cmのほう…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10502.html
三成古墳

医王山城跡

標高340mの山頂に築かれた山城で、北東を大手、南を搦手とし、南北に細長い曲輪を連ねています。東西12m、南北20mの平坦部の西側と北側に石垣が築かれています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10465.html
医王山城跡

惣爪塔跡

長径2m、短径1.5mの花崗岩自然石の上面に直径70cm、深さ17cmの円柱穴を掘り、さらにその中底に径16cmの小穴を備えた、奈良時代の層塔の心礎を残しています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10081.html

虎倉城跡(虎倉城)

戦国時代にはこの城を中心に、松田氏・宇喜多氏・毛利氏などによって激烈な争奪戦が繰り広げられた。遺構は、山頂の本丸、二の丸、三の丸の主要な郭をはじめ、石垣、堀切等が確認されている。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10058.html

備中国分尼寺跡

備中国分寺の東約600mに位置し、現在は松林の中に建物の礎石や築地塀の痕跡が残り、往時をしのぶことができます。天平13年(741年)の国分寺・国分尼寺造立の詔を機に建立されたと考えられています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10819.html
備中国分尼寺跡

四ツ塚古墳群

蒜山高原の中央部に16基の円墳があり、代表的な4基を「四ツ塚」と呼びます。その1号墳の石室は片袖式で、天井と壁面に朱を塗り、底部には石と木炭を敷いて水抜きの装置が設けられていました。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11338.html

唐臼墳墓群

横穴式石室を持つ3基の後期古墳と奈良時代の火葬墓からなる墳墓群で、日本の葬制、墓制を知るうえで貴重な遺構です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11884.html
唐臼墳墓群

築山古墳

前方後円墳。墳頭には約2m×0.9mの家形石棺が剥き出しの状態で置かれています。1907年(明治40年)に鏡、刀、勾玉、管玉などが多数発見され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11160.html
築山古墳

方谷園

備中松山藩儒・山田方谷(1805~1877)の功績・遺徳を末永く顕彰するため、時の上房郡教育会の拠出金により造られた小公園。明治43年(1910)5月に完成しました。山田方谷は、幕末の藩政改革などに貢献した陽明学者。園内には、三島中州撰文の方谷園記念碑、方谷山田…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10902.html
方谷園

宮山墳墓群

弥生時代後期から古墳時代初頭にかけての墳墓群で、箱式石棺・土壙墓・特殊器台棺等多様な埋葬を伴う集団墓と、前方後円墳状の墳丘墓とから成り立っています。集団墓から発見された特殊器台から、古墳時代の円筒埴輪の起源が特殊器台から変化したことも明らかになりま…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10780.html

美和山古墳群

津山市街地の西方の丘陵上に並んだ数基の古墳群を呼ぶ。最高所には全長約80mの前方後円墳の胴塚、南に下がって直径約40mの蛇塚と同規模の耳塚の円墳が続いている。古墳時代中期のもの。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10577.html
美和山古墳群

木山捷平生家

戦前、前後を通じ詩人・小説家として活躍した木山捷平の誕生地です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10684.html
木山捷平生家

一の口水門

一の口水門は、水門の構造などに当時の遺構が良好に残されており、17世紀後半~20世紀初めまで続いた高瀬舟による物資輸送の事を考えるうえで重要な史跡です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10280.html
一の口水門

龍ノ口城跡

旭川下流東岸の龍ノ口山の山上に築かれた山城です。多数の曲輪を備えた西備前屈指の連郭式城郭です。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10113.html

大廻小廻山城跡

東アジア情勢が緊迫した7世紀頃に築造されたと推定されています。発掘調査の結果、土塁線や一の木戸等の水門、石塁構造が確認されています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10180.html

村山家住宅

木造二階建の寄棟造、桟瓦葺の大型の洋風住宅で、明治24年(1891)に建てられました。1・2階とも正面に半円形のアーチを置き、扉口を設ける。円柱が並ぶ吹き抜けのバルコニーは、17~18世紀に西欧諸国の植民地時代の建築(コロニアル様式)を模しており、異国情緒をよ…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10395.html
村山家住宅

角力取山古墳

旧山陽道を挟んで作山古墳の500mほど南にある古墳です。36x38mの規模をもち、吉備の方墳のなかでは最大級にはいります。埴輪などから中期前葉の築造が考えられています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10766.html

経山城跡

吉備高原の南端に位置する、標高372.7mの山頂に築かれた山城です。 平安時代、この一帯は山岳仏教の霊場として栄え、多数の径塚が築かれたことから、径山城と呼ばれています。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10781.html

閑谷焼窯跡

閑谷学校創建時の瓦を焼くために設けられた窯跡です。窯は全長約9mほどの小窯2基と考えられています。のちにはこの窯を利用して祭器、茶器、細工物などの閑谷焼を焼いていました。現在は一部が宅地となっており、僅かに残る窯の側壁などに往時の面影を見出すことがで…

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_11026.html

尾上車山古墳

5世紀ごろ築造の全長140mの大型前方後円墳。浦間茶臼山古墳と並ぶ初期の大型古墳の代表的なものです。

https://www.okayama-kanko.jp/spot/detail_10103.html
尾上車山古墳
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