観光スポット
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中世(西暦1000年頃~1600年頃)から式内八社のことと、その時の時代背景が想像できるようにガイドしていきたいと思っています。

標高340mの山頂に築かれた山城で、北東を大手、南を搦手とし、南北に細長い曲輪を連ねています。東西12m、南北20mの平坦部の西側と北側に石垣が築かれています。

片山潜は、1859年に久米南町羽出木村の庄屋に生まれたが、家計困窮のため、すぐ農耕、炭焼きなどをして働きました。このため、ほぼ独学で勉強し、明治13年に岡山県師範学校に入学。翌年、上京後、印刷工員として苦学し、明治17年、25歳で渡米。明治25年、アイオワ州グ…

大正12年、作備線(現在の姫新線)に建てられました。プラットホームや階段は大正時代の面影を残しています。

ヒルクライム大会に使用されるアップダウンの激しい上級者向けの自転車ルート。
高梁川より吹屋にむかうルートの一部がヒルクライム大会に使用されるアップダウンの激しい上級者向けの全長83kmのサイクリングルート。

春と秋 二度花を咲かせる四季桜
「桜は春に咲くもの」という常識を覆し、秋にも花を咲かせる四季桜。春の美しさはもちろん、11月には桜の薄紅色ともみじの赤が美しいハーモニーを奏で格別の風情があります。

討幕計画に破れた後鳥羽上皇が隠岐に流された時に通った街道。周辺一帯が散策公園になっています。自然観察ゾーンでは、県天然記念物指定のしだれ栗・どんぐりの森が散策できます。

現在の社殿は1888年の改築で、境内にある奥御前神社は「狼様(おおかみさま)」と呼ばれ、盗難悪疫除けの神として広く民間の信仰を集めています。


江戸時代初期の元和4年(1618年)建築の入母屋造り、本瓦葺きの建物です。桃山時代の建築様式を伝える装飾に富んだ建物です。

シーズンにはホタル観賞ができ、「ほたる祭り」も開催されます。
誕生寺に隣接した2,000坪もの公園には、100基以上もの文学碑・歌碑が立ち並びます。6月初めには「詩歌のまほろば」として、全国から文人歌人が訪れています。また地元有志による「ほたる祭り」も開催されます。

子授けの神様としても古くから信仰
久米南町と赤磐市との境に鎮座する「金勢大明神」は、夜尿症や腰から下の病気にご利益があり、子授けの神様としても古くから信仰されており、全国から参拝者が絶えません。神社には願いが叶った参拝者が持参する男性器を模した供え物が数多く奉納されています。

別名:斉田城、才田城(市指定史跡)佐井田城の築城年代は定かではありませんが、永正14年頃までに植木秀長によって築かれたとされています。永禄11年、岡山城主宇喜多直家が佐井田城を攻撃し、植木氏は宇喜多氏の軍門に。その後の戦乱を経て、天正8年に植木秀資が佐…
備中高原の中、四季の自然を堪能できるロケーションでゴルフを楽しめます。赤松の林で区切られたコースは、自然の地形を生かした個性的なレイアウトと戦略性の高いレイアウトが自慢です。
文化文政時代の頃からこの地方では芝居が盛んで、中島東地区の松神神社に歌舞伎舞台が伝わっています。当時の精巧な回り舞台が保存されており、昭和38年に「岡山県重要有形民俗文化財」に指定され、現在も毎年春に中島東地区の方を中心に公演が開催されています。

通称名は垪和郷一の宮(ハガゴウイチノミヤ)。一宮八幡神社の獅子舞は、県指定無形民俗文化財に指定されています。

関西以西で唯一のスノーモビルランド!
「ヤマハスノーモビルライセンス」も取得でき、誰でも安全に気軽に楽しめるようコースを設定しレンタルも用意しています。

境内には御神木として崇められている推定樹齢660年の大杉があり、目通り周囲5.4m、樹高約40m。美作県民局の名木百選です。


弥生時代中期の住居が復元された大小5つの住居跡や作業所跡などがあります。隣接する弥生の里文化センターと合わせ見学ができます。

樫西手すき和紙工房は、ミツマタを原料とした手すき和紙をはじめ、伝統的なものからカラフルな染色の創作和紙まで、いろいろな和紙製品を制作・販売しています。

江戸中期に建築された(およそ300年前の)三間取り広間型の農家を移築したもので国の重要文化財に指定されています。


江戸時代初期の元和7(1621)年の創建としているが、詳しいことは分かっていません。本堂は江戸時代後期の天保2(1831)年に建築されたものです。
現在の本堂は宝暦7(1757)年に再建したもの。西東三鬼の代表作「水枕 がばりと寒い 海がある」の句碑墓があります。
江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主森忠政の津山城築城に際して城南の覗山(のぞきやま)に移り、さらに慶長13年に現在地へ移築された。現在の本殿は、寛永12年(1635)に2代目藩主の森長継が再建したもの。
木々が生い茂る山深い泉川の最源流部にある七面の滝。そこには絶えることなく渓谷に躍る清流、樹間に漂う滝しぶき…。春のもえ木、夏の涼感、秋の紅葉、そして冬の雪化粧。四季を通じて美しい景色が楽しめます。古くは「洗顔清水」と言われ、本山寺古伝の鬼面を洗い、…

横穴式石室を持つ3基の後期古墳と奈良時代の火葬墓からなる墳墓群で、日本の葬制、墓制を知るうえで貴重な遺構です。

吉井川近くの台地上に所在する古代寺院。主要伽藍が判明し、遺構の残存状況は良好である。出土した瓦から中央との強い関係が想定され、古代美作国の政治情勢を示す上でも重要である。
津山市街の北西にある神楽尾城跡は、山頂の本丸から東側に平屋城、南東に津山城、南西に嵯峨山城が望めます。

昭和52年墓地造成工事中に発見され、53年に岡山県教育委員会が発掘調査をしました。5世紀初頭頃の前方後方墳で全長35m、前方部と後方部にそれぞれ箱式石棺を持ち、そのどちらにも2体の被葬者がほとんど完全な形でうちちがいに葬られており、後方部からは径12cmのほう…

白鳳時代創建の寺院跡。主要伽藍は、塔を中心に東側に金堂、西側に講堂を配した独特のもので、元禄4(1691)年に編さんされた美作地域の地誌「作陽誌」にも記載されている。
