【牛窓歴史散歩】製塩の歴史と牛窓。塩田跡の現在をたずねて(瀬戸内市)

瀬戸内市の牛窓は古来より海上交通の要衝として栄えましたが、製塩業もその繁栄の源のひとつでした。今回は錦海塩田跡を中心に、牛窓ならではの美しい風景をご紹介したいと思います。
掲載日:2025年08月25日
  • ライター:田中シンペイ
  • 188 ビュー

塩と牛窓

見渡す限りのソーラーパネルは「瀬戸内Kirei太陽光発電所」です。この広大な敷地は、かつて東洋一と言われた「錦海塩田」の跡地で、遠くから眺めるとパネルが太陽光を反射してまるで海面のように見えます。塩田になる以前には「錦海湾」と呼ばれる遠浅の美しい海が広がっていました。まずは「塩」をキーワードに牛窓の歴史をたどってみたいと思います。

製塩の歴史

塩は狩猟や採集で生活していたころの人類には、特に必要なものではありませんでした。農耕の発展によって穀物や野菜が食料の主体になると、植物に含まれるカリウムとのバランスをとるためにナトリウム(塩の主成分)が必要となり、生理的な必要性から塩味を好むようになったと考えられています。
塩を作る際には、海水をそのまま煮詰めるより塩分濃度を高めておいてから煮詰めたほうが効率が良いため、海水を太陽光で蒸発させて塩分濃度を高めておくための施設が「塩田」です。内海に面し、晴天率が高くて温暖な岡山県は塩を作るには最適の場所でした。
私の過去の記事で牛窓には古墳が多いというお話をしたことがありますが、古来より塩は重要な交易品であり、牛窓の人々が製塩で大きな富を得ていたことも牛窓に古墳が多い理由のひとつと考えられています。(写真は阿弥陀山古墳群)

師楽

錦海湾の南東部に「師楽(しらく)」という名前の小さな入り江があり、干潮時には干潟が姿を現すなど自然な姿の海岸が残されています。
この地で発見されたことから命名された「師楽式土器」という特殊な土器があります。海水を煮詰めて塩を作るための製塩土器の一種で、古墳時代にこのあたりで大量に製作され、後世の「備前焼」の発展にも関係していると考えられています。牛窓エリアは海上交通の要衝であると同時に、塩や土器の特産地でもあったのです。

長浜

錦海湾の最奥部に、大正時代に築かれた締切堤防が残されています。「安田堤防」と呼ばれ、約100ヘクタールの干拓地が造成されました。それが現在の長浜地区で、キャベツや白菜などの重量野菜を育てる畑が整然と並ぶ、のどかな風景が広がっています。

錦海湾堤防

昭和30年代には、錦海湾の湾口部に全長1.8kmの締切堤防が築かれ、東西2.8km南北1.8kmの広大なエリア(約500ヘクタール)が「錦海塩田」として干拓されました。これは東京ディズニーランドが10個もおさまるほどの大きさです。
「錦海塩田」は10年ほど稼働しましたが、昭和46年の法改正により国内の伝統的な塩田はすべて廃止されてしまいました(日本は1997年まで塩は専売制で、製塩事業を国が主導していたのです)。その後、事業者は経営破綻し、干拓地の安全確保のため2010年に瀬戸内市が塩田跡を取得。メガソーラーは自治体が合同会社へ土地を貸与する形で2018年に完成しました。
締切堤防の堤頂部は歩行者と自転車のみが通行可能です。潮風を受けながら散歩すれば、牡蠣の養殖筏が浮かぶ東備らしい風景や雄大な播磨灘をのぞむことができます。
堤防の下を走る道路も爽快で、特にオートバイで走ると最高だと思います。岡山ブルーラインの「道の駅 一本松展望園」から5分ほどの距離なので、近くまで来た際にはぜひ立ち寄ってみてください。
締切堤防内の干拓地は海抜ゼロメートル以下となっています。これだけの規模の堤防があっても地中から少しずつ海水が流入していて、そこに雨水や生活排水も加わるため、常にポンプで排水を続けていないと干拓地は水に浸かってしまうのだそうです。

錦海ハビタット

塩田が廃止されてから数十年の間に「塩性湿地」という特殊な環境が形成され、アッケシソウのような希少な植物のほか、チュウヒ(タカの一種)という絶滅危惧種の鳥類も確認され、環境省の「日本の重要湿地500」に指定されました。
メガソーラーの建設に際しては、塩田跡地全体の4割以上を自然環境保護エリアとして保全し、その一部には人工的な湿地帯である「錦海ハビタット」も整備されました。今後もさまざまな関係機関と連携しながら、貴重な生態系として見守っていくそうです。(一般の方は中に立ち入ることはできません)

まとめ

日本では、我々が「自然」だと思っている風景にも人の手が入っていて、「里山の風景」などがよく知られています。長い歴史の中で先人たちが手を入れてきた半自然・半人工の中に、日本らしい美しい風景が形成されているのです。牛窓もその例外ではなく、干拓地、段々畑、溜池、オリーブの林など、人々の営みが生み出した美しい自然に満ちています。そこに「歴史」というスパイスを少し加えると、風景をより深く楽しめると思います。
マップを見る

同じテーマの記事

このライターの記事