源流付近から河口まで。吉井川の歴史めぐり カブライダーこばんが行く!vol.14

岡山県三大河川のひとつ「吉井川」は、中国山地の三国山(鏡野町)から西大寺(岡山市)付近の河口まで、約133 kmを縦断する一級河川です。
高瀬舟が行き来し、昭和以降は片上鉄道(かたかみてつどう)が走るなど、古くから人や物資の往来がありました。
源流がある鏡野町から川に沿って原付バイクのカブで南下し、吉井川の歴史スポットを紹介します。
掲載日:2022年09月20日
  • ライター:こばん(小林美希)
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吉井川の源流があるまち 鏡野町

吉井川は、岡山県と鳥取県の県境にある中国山地、鏡野町の三国山(標高1,252m)から始まります。
今回はカブで行くことができる恩原湖から、吉井川の旅をスタートさせました。
写真は恩原湖から見た三国山。秋には紅葉が、12月下旬~1月にかけては凍り付いた湖面に「氷紋」が現れることがあるそうです。
しばらく走ると「吉井川」の標識を見つけました。
まだ小川のように細いです。
南下すると支川と合流し、川幅がだんだんと広くなってきました。それでも、岡山県南の吉井川に比べると、随分と細いです。

奥津温泉(鏡野町)

国道482号と国道179号を南下し、奥津温泉に到着しました。アルカリ性の単純温泉で、美人の湯として人気です。温泉宿が多くあるほか、川音を聞きながら足湯に入ることができます。
奥津温泉といえば、足踏み洗濯。かつて、熊や狼を見張りながら川から湧き出るお湯で洗濯をしていたのだそうです。今でも3月上旬~12月中旬の奇数週の日曜日に観光客向けに披露されているそう。
歌の石碑が並ぶ「歌の小径」が川沿いにあり、散歩するのにぴったりです。
奥津温泉の近くには、紅葉スポットとしても人気の奥津渓もあります。

奥津湖総合案内所 みずの郷奥津湖(鏡野町)

しばらく南下すると、奥津湖総合案内所 みずの郷奥津湖に到着しました。レンタサイクルやカヤック、サップといったアクティビティも体験できるようです。
奥津湖を一望するロケ-ションです。
食事やお土産の購入ができる「ふるさと味わい館」へ。私は「やまめ定食」を選んでみました。骨まで食べられるやまめの甘露煮、ごはんが進みます。
そのほか、特産である姫とうがらしを使った麺料理などもありました。
ここから南へ国道179号を進むとトンネルになるのですが、湖を周遊できる脇道にそれるのがおすすめです。湖畔を快適にドライブできますよ。

津山で見られる舟運の名残

さらに国道179号を南下すると、いったん吉井川は見えなくなりますが、津山市街地でまた川に出会えます。川幅がさらに広くなっているのがわかるでしょうか。
津山市街地には、吉井川が人々の暮らしにどのように関わっていたかがわかるスポットが点在しています。
アルネ津山の南側にある広い河川敷は、吉井川の舟着場があった場所です。
江戸時代初期(1603年)森忠政がここに舟着場や階段などを重点整備した跡の一部が残っています。津山藩全体では最多で186隻もの舟が輸送に携わっていたそうです。
河口付近の西大寺(岡山市)からやって来る舟。西に伸びる出雲街道。人の行き来、物資の受け渡しが盛んに行われていたのでしょう。
舟宿、回漕問屋、土蔵が立ち並ぶ賑やかな街は「船頭町」と名付けられ、今でも地名となっています。
津山には吉井川の河童伝説が伝わっています。今津屋橋商店街「ごんご通り」には、高瀬舟を曳くごんご(河童)の像があります。
さらに上流、JR姫新線の橋梁の南側には、かつて中須賀舟着場があったとされ、石灯籠を見ることができます。
ここ中須賀もまた、物資の集積地・宿場町として栄えた出雲街道の要衝のひとつです。石灯籠は航路の安全を祈るために建てられましたが、舟運が途絶えてからも昭和10年頃までは常夜灯として点灯されていたそうです。
ここにもともと3つあったわけではなく、河川改修によりここに集められたものなのだとか。

つやま自然のふしぎ館

つやま自然のふしぎ館はたくさんの動物のはく製や化石などが並ぶ自然史の総合博物館です。旧「津山基督教図書館高等学校夜間部」の校舎を改築しており、レトロな建物も見どころのひとつ。
3階建ての建物に、動物の実物はく製をはじめ、化石、鉱石類、貝類、昆虫類、人体標本類等約20,000点が常設展示されています。
2階の第11室「日本の鉱石・岩石」のエリアでは、吉井川から発掘された2000万年前のひげクジラ全身骨格の化石を見ることができます。
かつて、津山は海だったのだとか! クジラも泳いでいたとは驚きですよね。

柵原ふれあい鉱山公園/柵原鉱山資料館(美咲町)

津山市街地から県道26号を南下すると、吉井川に沿って走ることができます。川幅が広く、展望もいいので気持ちがいいですよ。
美咲町の柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園は、旧片上鉄道の吉ケ原(きちがはら)駅舎と操車場のあった場所に作られました。駅舎や線路、列車を見学することができます。
柵原鉱山は日本を代表する硫化鉄鉱の鉱山でした。昭和30年代に最盛期を迎え、その後鉱石の需要が減少し、1991年3月に閉山となっています。
柵原ふれあい鉱山公園隣接する柵原鉱山資料館では、昭和30年頃の鉱山の賑やかな暮らしぶりが再現されているほか、柵原鉱山の歴史や仕組みについてのわかりやすい展示があり、おすすめです。
高瀬舟は約160隻、船頭は約480人もいたそうです。年貢米や特産物を運んで吉井川を下り、上りでは生活用品を積んだ高瀬舟を人が曳いて北上したのです。
硫化鉄鉱は吉井川を行き来していた高瀬舟で運んでいましたが、1920~1930年代、備前市片上へと繋がる片上鉄道が整備され、一気に輸送量を増やすことができました。
鉱石の輸送のほかに、沿線住民の足ともなっていましたが、1991年6月に営業が終了しました。
片上鉄道の廃線跡は整備され、全長34.2kmのサイクリングコース「片鉄ロマン街道」となっています。
吉井川の景観のほか、駅舎やトンネル、鉄橋など、鉄道跡ならではの風景が楽しめると人気です。

リバーサイド和気(和気町)

さらに吉井川に沿って南下すると和気町に入り、リバーサイド和気に到着。
私が訪れたときはお弁当が販売されており、ベンチがあって河川敷の広々とした雰囲気の中、休憩できました。
振り返ると、山に「和」の文字が!
毎年夏に和文字焼き祭りが開催されているそうです。

備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館(瀬戸内市)

瀬戸内市長船は鎌倉時代以降、「鍛冶屋千軒」とうたわれるほどの日本刀の産地として栄えました。中国山地から砂鉄などが吉井川を通じて運ばれ、刀の原料となり、福岡一文字派などによって良質な刀が生み出されました。
しかし、吉井川の洪水で壊滅的な被害を受け、繁栄が衰退したと伝えられています。
備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館では備前刀などの刀剣が展示されており、刀づくりについても学ぶことができます。

倉安川吉井水門(瀬戸内市)

備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館の対岸にある倉安川吉井水門を訪れました。
江戸時代初期、人口増加による食糧難や凶作への対策として、岡山藩は児島湾一帯の大規模な新田開発計画をたてました。
倉安川吉井水門は、1679年に人工的に作られた水路「倉安川」へ吉井川の水をかんがい用水として供給するために作られた水門です。
新田開発によって食糧生産力の向上と農村の発展、農民の生活の安定に大きく寄与したことが評価され、2019年9月、「世界かんがい施設遺産」に認定されています。
300年以上を経た現在も、ほとんど当時の形で残っているとのことです。

西大寺(岡山市)

さらに南方向へ走ると、川沿いに大きな寺院が現れました。西大寺会陽(はだか祭り)で有名な西大寺です。
仁王門を進んだ奥、西大寺のすぐ東が吉井川となっています。
さらに南、九蟠(くばん)に進むと、ついに児島湾へと繋がる河口にたどり着きました。
最初は小川のような細さでしたが、河口付近まで来るととても川幅がある吉井川。さすが岡山三大河川のひとつです。
古くは高瀬舟が通り、重要な交通路でもありました。当時の人々の暮らしを思い浮かべながら、吉井川に沿ってドライブを楽しんでみてはいかがでしょうか。

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