【岡山の古墳】ウォーキングで両宮山古墳・備前国分寺跡と周辺遺跡をめぐる散策コースに挑戦してみよう!(赤磐市)
赤磐市でウォーキングしながら文化財を散策できる「両宮山古墳・備前国分寺跡と周辺遺跡をめぐるコース」をご紹介します。約5kmの道のりを実際に歩いて、それらの史跡が持つ魅力を解説していきたいと思います。
- ライター
- 田中シンペイ
- 掲載日
- 2026年1月22日
備前国分寺跡
スタート地点は「備前国分寺跡」です。国分寺とは、奈良時代(741年)に聖武天皇の勅令によって、当時60か国ほどあった国ごとに建立された寺院のことです。備前国では山陽道に面した当地に造営され、この地域における文化の中心地として栄えたそうです。
かつて金堂や回廊などの壮大な伽藍が建立され、巨大な七重塔がそびえていました。現在は、塔の心柱を支えていた「心礎」の上に鎌倉時代のものとされる「石造七重層塔」が建っていて、何とも言えない寂寥感が漂います。
平安時代中頃に七重塔は失われ、その他の建物も徐々に縮小されていったと考えられています。最終的には戦国時代の末頃に終焉を迎えたようなので、何らかの戦乱に巻き込まれたのかもしれません。発掘調査に基づいて、伽藍の配置を示した案内板のほか、塔や講堂の基壇などが復元整備されています。
山陽道「高月駅家」跡
[備前国分寺跡から徒歩約10分]
古代の「山陽道」は、畿内と九州を結ぶ国内随一の大動脈でした。馬の中継地点として「高月駅家(たかつきのうまや)」がこのあたりにあったと考えられていて、交差点の名前も「馬屋(まや)」となっています。
朱千駄古墳
[高月駅家跡から徒歩約5分]
「朱千駄古墳(しゅせんだこふん)」は墳丘の全長85メートルの前方後円墳です。石棺の中に大量の赤い顔料が残されていたことが古墳名の由来だそうで、被葬者はかなりの有力者であったと考えられます。写真中央の木立ちになった小さな高まりが後円部で、写真の左手に向かって前方部が展開しています。
前方後円墳とは
諸説ありますが、基本的には円形の部分がお墓の本体で、そこに儀式などを行う祭壇として方形の部分を付け加えたと考えられています。便宜上“前方”や“後円”と呼んでいますが、実際には古墳の向きに前や後ろがあるわけではありません。また、規格化された前方後円墳が日本の各地に築かれた時代(3世紀末~7世紀頃)を「古墳時代」と呼びます。

「朱千駄古墳」の後円部からは、組み合せ式の「長持形石棺」が出土しました。縄掛突起(なわかけとっき)が特徴的なこの石棺は、「岡山後楽園正門/岡山県立博物館」の前に保存されていて自由に見学することができます。
小山古墳
[朱千駄古墳から徒歩約15分]
国分尼寺跡(案内表示のみ)を通過して、「小山古墳(こやまこふん)」へ向かいます。墳丘の全長54メートルの前方後円墳で、遠くから見ても分かるほど明瞭で美しい墳丘が残されています。
後円部の墳頂には稲荷神社が鎮座しています。社殿の裏側にまわると舟形石棺の破片が残されていて、特徴的な縄掛突起(なわかけとっき)も確認できますので見逃さないようにしてくださいね。この石棺は、造山古墳(岡山市)の前方部に置かれている石棺と同じ熊本県産の「阿蘇溶結凝灰岩(あそようけつぎょうかいがん)」でつくられていて、九州との深いつながりが推察されます。
廻り山古墳
[小山古墳から徒歩約10分]
「廻り山古墳(まわりやまこふん)」は墳丘の全長が47メートルの前方後円墳ではないかと考えられていますが、後世の改変が著しいため詳細は不明だそうです。ぱっと見た目には、まるで中南米のピラミッドのような不思議な印象を受ける古墳です。
森山古墳
[廻り山古墳から徒歩約5分]
正免東古墳(案内表示のみ)を通過して、「森山古墳」へ向かいます。墳丘の全長82メートルの帆立貝形古墳で、見事な墳丘の高まりが印象的です。古墳の周囲には周濠の痕跡も残っています。
帆立貝形古墳とは
一見すると前方後円墳と似た形状ですが、文字通り「帆立貝」のように四角い部分が比較的小さな古墳を区別してこのように呼びます。前方後円墳より格式(被葬者のステータス)が劣るのではないかと考えられています。

両宮山古墳
[森山古墳から徒歩約7分]
「両宮山古墳(りょうぐうざんこふん)」は墳丘の全長が206メートルもある岡山県内で三番目に大きな前方後円墳で、5世紀後半に築かれました。この記事で紹介した古墳のいくつかは、両宮山古墳を主墳とする「陪塚(ばいちょう:主墳の被葬者の親族や家臣などの墓)」ではないかと考えられています。
周濠が明確に残る古墳は岡山では希少ですが、発掘調査によって周濠はかつて二重にめぐっていたことが判明しました。墳丘の裾の部分は長年にわたって濠の水による浸食を受けていたため、平成29年から8年かけて護岸工事が施されました。
森山古墳の墳頂部から見た「両宮山古墳」の前方部です。普通の山のように感じられるほどの大きさがあります。巨大な墳丘や二重の周濠を持ちながら、葺石がなく、埴輪などの祭祀の痕跡も確認されていないなど、多くの謎を秘めた古墳です。
周濠の一部は陸続きなので墳丘へ登ることが可能です。前方部には「両宮神社」が鎮座し、境内では墳丘が段になっている様子を明瞭に視認できます。
和田茶臼山古墳
[両宮山古墳から徒歩約5分]
墳丘の全長55メートルの帆立貝形古墳ですが、現状では形状が不明瞭になっているので円墳や方墳のようにも見えます。発掘調査により、両宮山古墳と同様に二重の周濠を持ち、葺石も埴輪も存在しないことが判明しました。この点は本当に謎ですね。
ここからさらに500メートルほど進むと、スタート地点の「備前国分寺跡」へ戻ることができます。お疲れさまでした!
まとめ
少しマイナーな古墳を探訪すると、案内板がなくてどこに古墳があるのかわからない…、案内板があるのに古墳を見つけられない…、そんなことも珍しくありません。しかし、今回ご紹介した古墳はどれも明瞭な古墳らしい姿をしていて、遠くからでも「あ、古墳だ!」とわかるので、散策していて楽しくなります。もちろん、案内板もしっかりと用意されています。
そして実際に歩いてみると、地図だけではつかめない各史跡どうしの距離感や高低差などがよく理解でき、車の移動では知りえない発見があります。全行程で約5km、所要時間は各所での滞在時間によると思いますが、概ね2時間くらいでしょうか。一度に走破するのも良いですし、数回に分けて訪れるのもアリだと思います。ぜひウォーキングでの文化財散策に挑戦してみてください。
紹介したスポットの場所(地図)
- 備前国分寺跡
- 山陽道「高月駅家」跡
- 朱千駄古墳
- 小山古墳
- 廻り山古墳
- 森山古墳
- 両宮山古墳
- 和田茶臼山古墳
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